夜の海(アシュフェリ)真っ暗な闇。寄せては返していく波の音がいつまでも経っても消えない。目を閉じると深い深いところまで沈んでいきそうな意識をゆっくりと浮上させる。
波打ち際から海を見る。月明かりだけがぽかんと浮かんだ海に、白い泡がぼこぼこと散っていく。夜の海は、少し怖い。なにもかも飲み込まれてしまいそうで。
海の泡となって消える人魚のお伽話を思い出す。あのお話の結末はどうなったのだろうか。
「フェリクス」
海に泳ぐ美しい人魚の名を呼ぶ。波打ち際で掌を海にかざす。月明かりの中、ひとつ高く高く影が立ち上ったかと思うときらきらと反射してまたすぐにばしゃりと水面を揺らす。
それきり静かになった。ざぶざぶと、海に入っていく。手を伸ばしてみるが届きそうにはなかった。
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