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    kanipan55035874

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    kanipan55035874

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    途中

    タソガレドキ忍者大恋愛相談会「私って不気味じゃない。大前提としてさあ」
    「はあ」
    「爛れた肌の包帯大男。青い血が流れている化け物で、女子供も平気で殺す。捕虜の皮を剥がして見せしめに豚の餌にし、身につけていた金品を売り捌いて腹を肥やしている。長く苦しんで死ぬような毒を好んで使い、のたうち回る姿を見て清酒を啜る。毒虫を喰らいその毒を血液へと循環させる毒人間である。腹の中は空洞で地獄に続く穴が続いている。人間を二足で歩く虫だと思っていて……」
    「待ってください。なんの話です?」
     それまで黙って話を聞いていた高坂が訝しんだ声を上げる。それに対して雑渡は「私の話」と平坦な声で返す。
     月のない夜のことである。大木の木の枝に雑渡は腰掛けていて、そのすぐ左に高坂は控えていた。二人の足下からは激しい金属音が響いていて、時折勇み声が上がる。領内に襲撃してきた敵対組織の忍者に、タソガレの忍軍が応戦しているのだ。雑渡が出るまでもないお粗末な来襲である。
    「どうやらこう言うイメージを持たれているらしい」
    「誰に聞いたんですか」
    「捕虜」
    「捕虜……ならそう言う印象を持つのも無理はないでしょうけど、さすがに尾鰭背鰭が付きすぎでは?青い血だの、腹が地獄に通じているだの」
    「半分は本当だ。お前も見ていただろう」
    「それは、まあ……」
    「これ以上のこともしている。主人の首を臣下の寝所に投げ入れたりね」
     瞬間、雑渡が首を数ミリ傾ける。ド、と鈍い音と共に手裏剣が木の幹に突き刺さる。雑渡はそれを引き抜いて、なんでもないように投げた。手裏剣は空を切り弧を描き……タソガレ忍者を追っていた敵の忍眉間につき刺さる。均衡を失った体はぐらりとゆっくり傾いて、頭を下に落ちていく。この間わずか数秒のこと。
     今しがた始末されたのはおそらく頭だったのだろう。相手側の陣形がみるみる崩れていく。この調子なら日も上らぬうちに全て始末することができるだろう。
     空恐ろしいお方だ──高坂の瞳が風に煽られる炎のように揺らぐ。
     この暗闇で、敵が味方かもわからない蠢く影を正確に把握し、且つ陣形の要を見極め、確実に討ち取る。神業に等しい芸当を、この男は服についた泥を払うかの如く平然とやってのける。
     行き過ぎた印象や噂話がひとり歩きするのも無理もない。その忍術も、判断力も覚悟も。並の忍が生涯をかけても到達することのできない域に達している。雑渡を知る高坂がこうも恐れ慄くのだから、彼をよく知らぬ者どもが想像力を働かせてしまうのはある意味当たり前なのかもしれない。
    「組頭はお強いですから……そう言った極端な噂話が出回るのも仕方のないことかと。ですからあまり気を落とさず」
    「うーん。そう言うことでは無いんだよ」
    「はあ」
     高坂はてっきり、雑渡があんまりな印象を持たれていることに心を痛めているのだと思った。確かに強いけれど、毒人間はあんまりじゃないかと。
     しかし。どうやら違うらしい。
     雑渡はどこからともなく苦無を取り出して、暗闇に真っ直ぐに投げつけた。それは敵味方の入り乱れる空中を滞りなく進み、乱戦に乗じて領内へ向かおうとする忍の米神を貫いた。
     瞳を濁らせたその忍者は木の根元に崩れ落ち、そのまま動かなかった。
    「私の仕事は"無い"正義を振り翳すことだ。主人のため領民のためと理由をつけて惨いことをする。私は何人も殺したし、あらゆる人間から恨まれている……私はそれが誇らしいと思う。忍者として大成すると言うのはそう言うことだからだ。私はこれからも多くを殺し、多くに恨まれ、私の響かない足音は不吉の象徴になる。それでいい。それでいいのだよ。……ただね、」 
     滔々と語る雑渡が、ふと腕に巻かれた包帯を指先でなぞる。真白い、清潔な包帯がきつ過ぎず、そして緩むことなく巻かれている。それを誰が巻いたのか、なんてタソガレの誰もが言われなくともわかっている。
     あの雑渡昆奈門の体に触れることができる人間なんて彼しかいないのだから。
    「かわいそうに思ってしまった。こんな無気味に足の生えた生き物に好かれ執着されるあの子が。本当にはもっと明るい場所にいるべきなのに。暗闇で花が咲くか?枯れ腐って土に還るだけだ────あぁ、なのに離してやれない。置いていくなと腹の底の何かが叫ぶんだよ」
     あの子、と聞いて思い浮かぶのはただひとり。雑渡を追いかけて、あるいは追い込まれて。タソガレに医者として加わった善法寺伊作である。二人が艶やかな関係であることは皆それなりに知ってはいた。
    「今朝、あの子に会ってね。私の顔についた返り血を見て顔を青くしていたよ。私の血では無いと知って安心していたようだけど……私は他人の血であの子を安心させてしまったと、安心「できる」ようにしてしまったと思ってね」
    「それは、」
    「こんなのに好かれちゃって不運だねぇ」
     雑渡は湿っぽく笑った。目をギュッと細くして、獲物を見つけた肉食動物みたいな顔をしていた。かわいそうだ不運だと言いながらも、顔がそうだとは言っていない。底知れぬ無気味さ。これがこの男の「歪み」なのだ。
    「離れた方がいいのかも、ね」

     前提として。 
     医務室は伊作の城だ。どんなに熟練した忍者であっても、立場があっても、一度医務室に足を踏み入れれば伊作の尻に敷かれる。安静にしていろと言ったのに元気に動き回った者はお尻を叩かれ、飲めと言った薬を飲まなかった者は押さえつけられて漏斗で口に注がれる。医者の言うことは絶対。お腹を冷やすな寝る前にジュースを飲むな。怪我を隠すな誤魔化すな。
     タソガレドキに来たばかりの頃は初々しくって、一生懸命で優しくて……みんなめんこくて仕方なかった。伊作はみんなに優しいから「俺ってスタンダードな美人よりちょっとドジで野暮ったくて守ってあげたくなるような子がタイプなんだよね」「君から被る不運とかそれはもう幸運では……?」「うおお好きだ」と言って鼻の下を擦る男を量産した。
     ただ。背中に花を隠した男が医務室の戸を開くと伊作の膝に頭を乗せた雑渡が「ヤ」と右手を挙げて出迎えるのだ。ついでにニ〜っと笑って小指を立てるものだから、みんな勝手に砕けて散っていく。
    「組頭の大事なお人に手なんか出せねえよ」
    「マ、それでも好きだけど……」
    「なんか涙出てきた」
    「優しく包帯を巻いてくれるその手が好きでした」
    「善法寺さんの塗り薬つけると虫刺されすぐ良くなる」
    「恋に効く薬も作ってくれないかなぁ……」
    「敵大将の首とかほしいかな」
    「いつもありがとう……Kiss……」
    「善法寺伊作ってもう春の季語でよくない?」
    「伊作くん いつもありがとう 愛してる」
    「愛してるだけで伝わるだろ」
    「全部削れ」
     こんな具合にみんなから慕われ、伊作は立派な医者として成長していった。医務室は薄暗いのに伊作がいるだけでぱっと明るくなるようだったし、城のどの場所よりも暖かかった。厳しい環境に身を置く彼らにこそ、伊作の優しさは沁みるのだ。
      


     その日も「足ゴキってなった」「変な虫に刺された」「恋の病です。キスしてくれないとコリャ死にますね」「お尻に矢が刺さっちゃった」と医務室は賑やかだった。
     忙しそうにする伊作の背中を、雑渡は天井裏から見ていた。医務室というのはうっすら死臭がするところだというのに、伊作がいるだけでぱっと明るくなって、すえた薬の匂いさえ心地いい。
    「大人気だねえ」
     ぬるりとベビのように天井裏から這い出る雑渡を見て、伊作はもう驚かない。
    「医者が人気だなんて、世も末ですよ」
    「いンや。君が来てからタソガレ忍者の士気が上がったよ。みんな優しさに飢えている」
    「せめて花束じゃなくて薬草の束を持ってくるように言ってください」
    「君が言えばみんなそうするだろうよ」
    「この辺りの薬草採り尽くしちゃうでしょ」
    「アイドルだね〜」
    「みんなに慕ってもらえるのは嬉しいですよ」
    「そお」
     雑渡は伊作の膝にゴロン!と頭を預けて寝そべった。胸の上に手を置いてもらって、ゆっくり目を細める。
     さっきまでの騒がしさは嘘のようにあたりはスッと静まり返っている。サラサラと葉が風に揺れる音と、演習に励む声が遠くから聞こえてくるだけ。菩薩が昼寝するような、そんな穏やかな時間である。葉を通ってほんのり緑色になった光が鬱蒼とする医務室をぼんやりと照らす。胸を撫でるカサついた手が心地よかった。
    「さっき来たお尻に矢が刺さってる子、いい子だよぉ。高級取りで」
    「タソガレ忍者はみんな高級取りでしょう」
    「足捻ってた子も素直で優しい子だ」
    「みんな僕に優しいですよ」
    「変な虫に刺されてた子、あン子はねぇ」
    「はいはい」
    「伊作くん」
    「なんですか」
    「こんなのに好かれちゃって不運だね」
     に…と粘っこく目を細めた。垂れる癖毛を獲物を糸で巻く蜘蛛のように指に絡める。胸を撫でる手の親指を痛いくらいに握ってやった。雑渡は念押しに息を殺してクツクツと肩だけで笑う。不気味と嫌味の象徴みたいな笑い方だった。
    「……そうかもね」
     予想していた反応とは全く違うものが返ってきたことに、雑渡はギョッと目を見開いた。木枯らしみたいな勢いで飛び上がり、怒られた犬みたいに上目で伊作の顔を覗き込んだ。
     彼もまた目を細めていた。ただ雑渡とは違って綺麗に微笑んでいた。大和絵みたいに穏やかで優しげな顔をしていた。しかし、乾き切った目が鳥肌を掻き立てる。なんにも反射しない、砂みたいな目だった。
    「ガッ、」
    (ガビビーン……!)
     その時、雑渡に脳天を雷が貫いた。ピシャ!と白く光る稲妻が体を突き抜けて、全身がブルブルに震える。
    「さ、僕はやることがありますから。雑渡さんも溜まってる書類片しちゃってください」
     目を見開いて体をのけぞらせ、ガビビーン……!と戦慄く雑渡には目もくれず、伊作はキィコキィコと包帯巻機を回している。
    「ウン……」
     そして雑渡はガビビ…と震えたまま、よったらよったらと医務室を後にしたのだった……


    「ってことがあって」
     夜の木の上に戻る。
    「伊作くんに変な影響があっちゃ嫌だし……やっぱり別れた方がいいカナ……でもそれはちょっとヤなんだよね……どう思う?」
     ちょんちょちょ……と人差し指同士をくっつけて目線を右に逸らす。先ほどの尖った雰囲気はどこかに吹き飛んで、今は背中を丸めた雑渡があるだけ。
     そこで高坂は「あ、これ恋愛相談か」と気がついたのだ。
     タソガレ忍者大恋愛相談会が今、始まる……!
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