ジーザスくんが立派なトップに成長するまでの道のり 2自室のベッドの上で目を覚ましたユダは、しばしぼんやりと天井を見つめた。
カーテンの隙間から漏れる光は明るくて、陽が登って大分経ったのだと分かる。
身体も頭も、なんとなく怠い。
だが何故か不思議と充足感も感じていて、昨日何したんだっけ、とユダは記憶を探る。
そして昨晩のことが頭を過るやいなや、ユダは勢いよくベッドの上で起き上がった。
酒が残り少しくらくらする頭で、ユダは顔を顰めながら必死に思い出した。
ジーザスと、ソファでワインを飲んでいたこと。
キスをしたこと。
首筋を唇でなぞると、ジーザスがころころと笑い、可愛かったこと。
ジーザスに「いきたい」と言わせたくて、寸止めをしたこと。
最後の記憶を思い浮かべたところで、ユダは軽く呻いた。
「…きっしょ………」
そう呟きながら、ぼさぼさの頭を抱えて項垂れた。
酔っていたとは言え、ありきたりなアダルトビデオのような台詞を言った自分が信じられなかった。
しかも、ジーザスと両思いになってから半日も経っていないうちに、だ。
一思いに自分の息の根を止めたくなった。
ユダは慚死しそうな気持ちでしばらくその体勢でいたが、玄関の方から物音が聞こえて顔を上げた。
枕元の携帯を慌てて見ると、もう昼近くだった。
昨夜、ジーザスとユダはそれぞれの部屋で眠りについていた。
ソファーの上でしばらく2人で眠ったが、少し経って目を覚ましたユダがジーザスを起こしたのだ。
むずがる子供のような、半分眠ったままのジーザスに何とか歯磨きだけはさせてから、彼のベッドに寝かせた。
そしてユダも簡単に寝支度を済ませると、自室で一発抜いて、そのまま気絶するように眠ったのだった。
ユダはベッドから飛び起きると、部屋の扉を開けて、すぐそばの玄関に目を向ける。
そこには、外出の準備をするジーザスの姿があった。
ちょうど黒いコートを羽織っているところだったジーザスは、ユダに気が付いて顔を上げた。
「あ。おはよう、ユダ」
「…はよ」
ジーザスはすっかり身支度を済ませていて、髪や顔の髭もすっきりと整えられている。
かっちりとしたコートを羽織っていることもあり、精悍な雰囲気を漂わせるその姿にユダは思わずどきりとした。
そこに、ユダの腕の中で身を捩らせていた昨晩の姿はどこにも無い。
「僕も寝坊しちゃった」
ジーザスははにかんでそう言いながらコートの襟を整えると、壁にかけてある鍵に手を伸ばした。
「予定があるんだ。今日はもう出なきゃ」
そう言われて、ユダは頷いた。
ジーザスは、何かと外での仕事が多いのだ。
「分かった。俺は今日は家で仕事」
ジーザスもその言葉に軽く頷いたかと思うと、ふとユダを見つめた。
何かを探るように少し上目遣いで凝視され、丸い目が何度か瞬きをする。
少し色めきたったようなその表情に、ユダはどきりとした。
自然と、互いに一歩歩み寄る。
顔を、ぎこちなく近づける。
そして鼻が一瞬ぶつかりそうになりながらも、2人は何とか軽くキスをしたのだった。
夢では無かったのだ、とユダは思った。
唇を離すと、ジーザスは赤い顔で微笑んだ。
「…行ってきます」
「…おう」
ユダは、心臓が喉から飛び出そうになりながら玄関からジーザスを見送る。
扉を閉め、すぐに廊下の端にある窓辺の方へ行く。
しばらく下の道を眺めていると、やがてジーザスが視界に入った。
すると彼が歩道の上で立ち止まり、ユダのいる方をおずおずと見上げる。
ユダの姿を認めるや否や、嬉しそうに手を振られる。
ユダは少し動揺しながらも小さく手を振りかえすと、ジーザスが満面の笑みになるのが遠くからでも分かった。
角を曲がって見えなくなるまで、何度も振り返るジーザスを見送ったあと、ユダはやっと窓辺から離れた。
脚が少し震えて、雲の上を歩いているみたいに地面が不安定に感じた。
昨夜のことよりも、たった今交わしたキスの方が何倍も気分が浮ついてしょうがない。
もはや疑いようの無い現実に、圧倒される。
自分とジーザスが、恋人同士になった。
思わず少しだけ、本当にほんの少しだけ笑顔になったユダは、ジーザスが淹れてくれたらしい珈琲の匂いがするキッチンに向かった。
だがその日の夕方には、2人は何故か早速喧嘩をすることになるのだったが。
仕事に集中出来るか心配だったが、いざ人々の前に出るとジーザスはすぐに切り替えることが出来た。
広場に屋形テントを設けて缶詰などのダンボールを積み上げ、食料品を配りながら、ジーザスは彼らの話によく耳を傾けた。
政権が変わってから大分落ち着いていたように一見見えたが、今だに職につけないものは沢山居た。
幼い子供を手に抱えながら、子供の預け先もシングルマザーの雇い先も無いと訴える若い女性の話を聞きながら、本当に肝心なのはこれからなのだと思い知る。
せっかく政権が変わっても、暮らしが楽にならなければ意味がない。
誰もが教育や医療を当たり前に受けられ、そして何よりも平和に生きていけなければ意味がないのだ。
まだ未熟な政権に厳しい視線を向け、問題点を洗い出し、主張していかなければならない。
その場にいたサイモンやピーターと、ジーザスは今後の発信や活動についてぽつりぽつりと話し合った。
だが休憩時間になると、心は一瞬でユダの元へと飛んでいってしまった。
人が少し引けた頃、珈琲をもらってテントの物陰の地面座り、携帯をいそいそと取り出す。
ユダとのチャット画面を開いて、今朝アパートを出てすぐに届いた文章を読み返す。
『気をつけて行ってこいよ』
メッセージに気付いた時と同じくらい、ジーザスは胸がきゅんとした。
自分は直後に、ありがとう、ユダも仕事がんばってね、と絵文字と共に返事をしていた。
ユダとメールをしていて、こんなやり取りをするのは初めてだったかもしれない。
当然今までの3年間の間もいくらでも連絡を取り合っていたが、内容はほぼ業務連絡だったし、ユダはまともに返信をくれないこともザラだったのだ。
ジーザスは、じっと画面を見つめた。
今、特に伝えるべき連絡は何もない。
なんなら、数時間もすればまた会える。
だがジーザスはどうしても、ユダと連絡がとりたかった。
ジーザスは、文字を打ち込み始めた。
書いたり、消したり、また書き直してを度か繰り返してから、その割に短い文章をジーザスはやっと送信した。
『ひと段落ついた〜。今休憩中!』
内容の無さに直ぐに自分でげんなりしてしまったが、直ぐに既読が付いたのでジーザスはどきりとする。
すぐに書き込み中の表示が出て、思わず画面をじっと見つめて待ってしまう。
待っている時間が永遠かのように思えた後に、やっとメッセージがぽんと表示される。
『お疲れ』
長くかかった割には、返事はその一言だけだった。
ジーザスの表情は少し沈んだ。
やはり迷惑だったかな、と少し肩を落としてしまう。
だが、そう思うや否やすぐに短い追伸が来る。
息を呑む。
それは、キスを飛ばす顔の絵文字ひとつだった。
きゅんきゅんきゅん。
あまりにときめきすぎて、手が震えた。
お返しに、もう手当たり次第にハートやらきすやらの絵文字を打ち込み始める。
だが、送信ボタンを押す直前に声をかけられた。
「なんかジーザス機嫌いいな」
いつの間にか背後から近づいてきていたサイモンを、ジーザスは笑顔のまま見上げた。
よほど満面の笑みだったようで、紙コップを手に持ったサイモンは少したじろいだ様子だった。
「いいことあったのか?」
隣に座ったサイモンにそう聞かれ、ジーザスは照れた。
携帯を一度しまい、傍に置いてあったコップを両手に持って見つめる。
「うん。実は…ユダと、付き合うことになったんだ」
はにかみながら、そう報告した。
静寂が流れた。
不思議に思い顔を上げると、サイモンの他に、周りで休憩していたピーターら使徒や、信者もジーザスのことを振り返り凝視していた。
そんなに目を丸くして一体どうしたんだろう、とジーザスは不思議に思った。
「…へえ!?」
唖然とした表情だったサイモンが、やっとそう言った。
ざわざわと、何故か人が集まって来る。
「ええと…ちなみに」
サイモンが何か言いにくそうに、言葉を探るように口籠る。
周りで、女性の信者たちがなにかひそひそと早口で喋っている。
「一体どういう流れで…というか。ユダになんて言われたんだ?」
サイモンにそう聞かれてジーザスは少しきょとんとしたが、やがて頬を赤らめて頭の後ろを掻いた。
「言われたも何も…私から言ったんだよ。好きだ、って昨日伝えたんだ」
「「ええっ!?」」
今度は使徒の何人かが同時に声を上げた。
女性たちは口を押さえ、声を失っているようだった。
一体皆どうしたんだろう、とジーザスはいよいよ気掛かりになり始めたが、ふいにサイモンに力強く背中を叩かれた。
「そうかそうか!!おめでとう!!!」
どこかヤケクソな様子のサイモンに戸惑いながらも、周りの人も祝福と拍手をし始めてくれて、ジーザスは笑顔になった。
みんなの気持ちが嬉しくて、ますます幸せな気持ちになる。
感極まって、目頭が少し熱くなった。
「ありがとう、みんな!ユダにも伝えておくね」
指先で少し目元を拭って笑顔でそう伝えると、皆笑顔で頷いてくれる。
彼らが、一体何がどうしてそうなったのか、聞きたくてたまらない引き攣った笑顔であることに、ジーザスはちっとも気が付かなかった。
そして支給を待つ人々の列が出来始めてきて、ジーザスたちはそのまま休憩を終えたのだった。
エレベーターから飛び降り、ジーザスは小走りでドアに向かった。
道をずっと走ってきて、まだ少し息が切れていた。
帰り道ユダの顔がずっと脳裏に浮かんでいて、一刻も早く会いたくてたまらなかったのだ。
手に持った大きな紙袋を抱え直しながら鍵を取り出すと、鍵穴に突っ込んで、勢いよく扉を開けた。
「ユダ!ただいま」
大きな声でジーザスはそう告げた。
すぐ先の扉が開き、ユダが部屋から出てきてジーザスは笑顔になる。
だがユダの表情が目に入ると、その笑顔は消えた。
ユダは、怒った顔をジーザスに向けていた。
玄関で立ち尽くす彼に向かって、ずんずんと歩み寄る。
手には、携帯をきつく握りしめていた。
「言ったのか?俺らが付き合い始めたこと」
彼の目の前まで来てそう聞くと、ジーザスは眉を顰めた。
ジーザスが出かけてから、ユダは何も手に付かなかった。
仕事や調べ物をしようとパソコンに向かおうとするが、昨夜のことが頭を過ぎる。
集中出来ずに立ち上がり、そわそわと部屋を歩き回っては、何度も携帯を取り出してしまう。
そしてSNSを開くと、何度も今日の催しに関するポストを探してしまった。
使徒や信者が撮った写真の中にジーザスの姿を認めて、顔が綻びそうになる。
馬鹿か、あとですぐに会えるだろ、何してるんだ、と思うのだが、笑顔の彼を拡大して見つめてしまう。
そうしながらベッドの上に寝転んでいると、ジーザスからメッセージの通知が届き、反射的に開いてしまったのだった。
『ひと段落ついた〜。今休憩中!』
なんてことない内容のそのメールを見て、ユダはがばっと起き上がった。
脚を地面に下ろし、ベッドに腰掛けたまま両手に持った携帯の画面を凝視した。
返信欄をタップしたは良いものの、なんと書いたら良いか分からず画面をしばし見つめる。
そして、文章を編集中であると相手には見えてしまうのだと気が付いたユダは、焦って『お疲れ』と馬鹿みたいな返事を送ってしまう。
まずいか?
自分でも、流石にあまりにも素っ気ない返事だと分かる。
画面の少し上の、ジーザスと今朝やり取りしたメッセージが目に入る。
彼からの『仕事がんばってね』というメッセージの末尾に、ハートの絵文字がきらきら輝いていた。
そうしてユダは何を思ったのか、キスを飛ばす絵文字をひとつ打つと、とっさに送りつけてしまったのだった。
ーー死ぬ。
身体を二つに折りながら、あまりの羞恥に気が遠くなった。
しかも、既読はすぐに付いたのに、待てど暮らせど返事が来ない。
最悪だ。
柄にもないことをするんじゃなかった、とユダは激しく後悔した。
冷静に考えると、たかがこんなことでジーザスが喜びこそすれ引くはずは無いのだが、そう思えてしょうがなかった。
ベッドの上にまた寝転がり、呆然と天井を見つめる。
駄目だ。上手くいくわけがない。
先ほどの浮かれた気持ちは何処へやら、ユダは急に悲観的になっていた。
ジーザスと自分は、あまりにも感覚や考え方が合わない。
第一、今や時の人であるジーザスと、路上生活者上がりの決して誇れる過去を持ってはいない自分が、まさか釣り合うはずがないではないか。
きっと、遅かれ早かれ別れることになるに違いない。
そう思って覚悟を決めると、むしろ少し落ち着いてしまう。
ユダは携帯でニュースサイトを開いた。
目に入った、近隣の国での戦争についての記事を開く。
そして何故かそのまま、飢饉や社会問題についての記事をひたすらに読み始める。
そうして暗いニュースに浸っていると、何故か心安らぐのだった。
突然メッセージが届き始めたのは、記事をいくつか読み終えた時だった。
ジーザスからだろうか、と懲りずに一瞬期待してしまったが、差出人の名を見て違うと直ぐに分かった。
何故かサイモンやらピーターやら使徒たちと、他にも顔見知りの信者から続々と届く。
一体何なんだと戸惑ったが、ふとメッセージの内容が目に入り、ユダは固まった。
『やりやがったな』
『まさか手を出すとは…』
『なんて言って丸め込んだんだよ』
『おめでとーー!!私はずっと応援してたよ』
『ジーザスに変なもんうつすなよ。先に病院行け』
じっとメッセージの通知一覧を眺める。
やがて、ふつふつと複雑な怒りが込み上げて来て、手が震える。
その怒りは、ジーザスが帰って来るまで持続した。
「勝手に言うなよ」
静かに、けれど怒気をはらんだユダの声にジーザスは戸惑った。
傷つくよりもむっとするような気持ちが少しだけ勝って、ジーザスは戸惑いつつも少しユダを睨み返した。
「なんで…」
ユダはその言葉を聞いて、呆れたように天井を一瞬仰いだ。
「色々言われるだろ」
考えりゃ分かるだろ、と言外に滲ませてそう言った。
だがジーザスは、訳がわからないというような顔をした。
「色々って何?皆、大事な友人だよ。祝福してくれたし、ひどいことなんて言わないよ」
ユダは溜息を押し殺した。
「"友人"以外にも、話は広まるだろうが」
ジーザスは、ますます意味が分からないというような顔をした。
それが、ユダにはとても信じられなかった。
「それが、どうかした?」
そう聞かれて、ユダはついに声を抑えきれなくなった。
「誰とでも寝る男と恋人になったとか言われるんだぞ!少しは外聞を考えろよ」
ジーザスは、ショックを受けたような表情になった。
俯いて、悲しそうにする。
自分のせいなのに、ユダは胸が痛くなった。
ジーザスは静かに呟いた。
「また、他の誰かとするの…?」
だが小声でジーザスがそう言うのを聞いて、ユダはまたしてもかっとなった。
「寝るわけねぇだろ!お前以外の男となんか、死んでも二度とするもんか!」
そう叫ぶと、何とも言えない間が流れた。
静寂の中、少し息を切らしてジーザスを見つめる。
すると、唖然としていたジーザスの頬がふとぽっと赤くなり、何度か目が瞬く。
ユダも、自分が今し方言った台詞に気が付くと、顔がふいに熱くなった。
そっか、とジーザスは呟いた。
「僕も、ユダ以外とはしたくないな…」
照れたようにそう言われて、ユダは邪気がすっかり抜かれてしまった。
腰に手を置き、もう片手で顔を隠すように額に触れる。
静かに息を吐いて、ユダは呼吸を整えた。
「悪かった」
ユダは、やっとそう呟いた。
「でも、もう少し時間が欲しいんだ」
色々、急に起こったから。
やっとそう言うと、ジーザスはそうだね、と頷く。
「僕も、ごめん」
彼が紙袋を両手で持ち直し、がさりと音がする。
「もし私が自分に相談されてたら、相手のペースを尊重してあげなさい、って自分に言うだろうな…」
ジーザスは、恥いるようにふっと笑った。
「なんだか、自分のことになると冷静になれないね」
ごめんね、ユダ。あまり他言しないようにみんなに伝えておくから、とそう言われて、ユダは黙って頷いた。
その時、ふとジーザスが抱えた紙袋から甘い匂いが漂うことに気が付いた。
ユダは、顔を覆う手の指の隙間からジーザスの方を見た。
「…何だよ、それ」
ジーザスは、手元を見下ろした。
ああ、と呟きながら袋の中に手を入れる。
「帰りにパン屋に立ち寄って。朝のパンのついでに、おやつ買ったんだ。一緒に食べようかなと…」
ジーザスがラップで包装された大きなマフィンを取り出したのを見ると、ユダはまた俯いた。
「そうか」
ユダは罪悪感で胸をぐさぐさ刺激された。
目元を再び覆った手を、退けられない。
すると、ジーザスが静かに近づいてくる。
手をそっと握られ、顔から退けられた。
ジーザスの手が、恐る恐るというように目を伏せたままのユダの頬に触れる。
そしてユダがやっと目線を上げると同時に、真剣な面持ちのジーザスに、軽くキスをされた。
ユダは目を閉じて、反射的に唇を押し付け返した。
ジーザスの手がユダの腕に移動して、強く握られる。
彼の指が、二の腕に少し食い込む。
ジーザスの柔らかい唇が、ユダの薄い唇を喰む。
彼の香りが、する。
ユダは頭からつま先まで痺れてしまって、不安や悲観的な考えが全てどこかへ飛んでいってしまうかのようだった。
思わず溜息をついて、ユダはジーザスの身体に腕を回そうとした。
だがその瞬間、振動音と共に規則正しい電子音が大音量で流れ始めた。
2人は、びくりとして互いに身体を離した。
ユダは、すぐにズボンのポケットに手で触れた。
携帯のアラームが鳴っていたのだ。
「…今度は俺が出かけなきゃいけないんだ」
アラームを止めたユダがそう言ったので、ジーザスは彼の体から少し離れて頷いた。
いつでも支援が出来るよう、手分けをして基本的には24時間体制で動くことにしていたのだ。
「うん。気を付けてね」
ユダの腕に触れていた手が、名残惜しそうにゆっくりと離れていく。
ユダは頷いた。
胸が切なくなる。
玄関の方へ行くのにジーザスの横を通り過ぎようとすると、マフィンを渡された。
黙ってそれを受け取り、扉の横に準備しておいたリュックを拾い上げた。
鍵を取り、ドアノブに手をかける。
扉を開ける直前に、ユダは背後に立ち尽くすジーザスを振り返った。
「メール、していいか」
ジーザスはしばしきょとんとした。
だが、やがて微笑みを浮かべる。
「うん」
本当に嬉しそうに、ジーザスは何度も頷く。
「うん。待ってる」
それを見てほっとしたように頷くと、玄関で手を振るジーザスに見送られながら、廊下に出て行く。
そうしながらユダは、既にジーザスの元へと早く帰ってきたくてしょうがなくなっていた。