熱もっと早く気付けば良かったと、暗い部屋で眠るジーザスを眺めながら、椅子に座ったユダは悔やんでいた。
ジーザスは熱を出してベッドで寝込んでおり、先ほど病院から連れ帰ってきたばかりだった。
演説の後に妙にぐったりとしていたジーザスに最初に気が付いたのは、ユダだった。
演説の興奮からだと思っていた顔の赤さが引いておらず、額に触れると案の定熱くて、ユダは眉を顰める。
すぐに車の方へ引っ張って行くと、ジーザスは少しばかり抵抗した。
だが後部座席に押し込むと、横たわってすぐ静かになる。
病院に着いて椅子に座らせ、ユダが受付や手続きを済ませて待合室で一緒に待つ間も、もはや抵抗する気力も無かったのか、ジーザスはずっと大人しかった。
過労と診断されたジーザスは点滴を打たれ、薬を貰った。
本当は病院で一晩休んでいくことを勧められたが、ジーザスはどうしても帰ると言って聞かなかったのだ。
帰りたいと一晩中騒いで体力を消耗させるよりはましだと判断して、ユダはジーザスをこの部屋に連れ帰ってきたのだった。
今度からは無理をさせないようにしなければ、とユダは苦しそうに眠るジーザスを眺めながら誓った。
毎日のように人助けや演説で一日中駆けずり回り、よくやるものだと思ってはいたが、やはり無茶だったのだ。
看過してきた仲間と、何より自分に苛立ちを覚えながら、今後は注意深く様子を見ようと思った。
また朝に戻るとして、ユダは一度帰ろうと立ち上がった。
その時、ジーザスはちょうど苦しそうな声を出した。
寝返りを打ち、毛布を跳ね除け、うなされているようだった。
ユダはどうしたら良いか分からず、しばらくその様子を眺める。
出来るだけのことはしたはずだった。
綿素材の服に着替えさせ、水も薬も飲ませたし、あとは熱が引くまで寝かせれば良いだけだと思っていた。
両親にすらまともに看病されたことの無いユダは、ひょっとして一晩付いててやった方がいいのだろうか、という考えにやっと思い当たる。
ユダは、戸惑った。
俺で良いのだろうか。
だが、額を冷やし汗をふいてやるだけなら、誰でもかまわないのかとも思う。
再びリュックを降ろし、ユダはタオルを取りに洗面所に向かおうとした。
ちょうどその時、ジーザスが啜り泣くような声を出した。
嗚咽を溢しながら、苦しそうに毛布を手で握り締め、もう片方の手で何かを求めるように宙に向かって伸ばす。
ジーザスは、泣くような声で言った。
「母さん」
それを聞いて何か耐えきれないような感情に襲われたユダは、考えるより先にベッドに駆け寄り、伸ばされた手をきつく握っていた。
そのまま傍に跪き、ジーザスの頭を抱える。
そして唇をジーザスの額に強く押し付けると同時に、早くも後悔がユダを襲った。
唇を離し、自分の額をジーザスの熱い額に押し当てながら、くそ、と眼をきつく瞑って内心毒づく。
何をしているんだ、俺は。
ジーザスが求めているのは、柔らかい女の存在だと思った。
自分では、どう考えても役不足だった。
ユダはすぐに顔を離し、マリアでも呼びに行こうと手を離して立ち上がろうとする。
だがジーザスの両手に、意外なくらいの強い力で腕を掴まれた。
驚いてジーザスを見ると、もはや泣いてはおらず、両目を開いてユダの顔を真っ直ぐに見つめていた。
ユダは、声も出なかった。
ジーザスは熱で浮かされてはいる様子ではあるものの、有無を言わさないような表情だった。
そのまま抵抗も出来ず、ゆっくりと引き寄せらる。
促されるままに、ジーザスと向かい合ってベッドに横たわる。
毛布の中で身体に腕を回され、ユダはジーザスの頭を胸元できつく抱きしめた。
とてつもない喜びと苦しみで、胸が張りはけそうになった。
ここ数年、毎日傍で見てきたジーザスの顔が思い浮かんだ。
その笑顔が、誰かを救えなかった時の彼の泣き顔が、ユダの肩に時折置かれた彼の手とその暖かさの記憶が脳内を駆け巡る。
ジーザスのことが好きだった。
愛していた。
そのことはもう、否定しようがなかった。
そして、彼の身体にこうして触れることは、後にも先にもこれきりなのだろう。
そう思うと、ユダはこのまま今夜中に死んでしまいたかった。