満たすもの「自愛のカリスマよ」
「なんだ、内罰のカリスマ」
「貴様は何故、我に触れるのだ。鏡が見にくいだろう?」
そう訊ねる内罰のカリスマは、椅子に腰掛け鏡を見つめる自愛のカリスマの腕に包まれていた。ご丁寧に、美しい彼に傷がつかないよう、棘の生えた襞襟を無断で脱がしてまで抱えられる理由が内罰のカリスマには分からなかった。
「分かりきったことを訊ねるな。我はただ我の思うまま行動しているだけだ」
自愛のカリスマの視線はぶれることなく鏡に注がれている。その口から出た言葉は内罰のカリスマが訊ねたかった意味とは違っていたが、追求することはなく、その手に頭を撫でられながらその横顔を見つめていた。
「……そうか」
「貴様もしたいようにしたらいい。このまま我に抱かれているも腕を振りほどくも、貴様次第だ」
内罰のカリスマは瞳を閉じ、身を委ねた。
「賢明だな。我に触れられる僥倖をわざわざ手放すほど馬鹿ではないようだ」
「当然だ。我に望みなどない。この行為で貴様が満たされるのならばそれでいい」
自身の罪が消えることは永久にないと内罰のカリスマは知っている。
それでも、こうして自身が誰かの欲を満たしている間、少しだけ何かを赦された気になれた。それも身勝手な思い込みだと知っていても。
しばし、二人の間に沈黙が流れる。音のない世界の中で時折、しなやかな指が髪をとく微かな音だけが聞こえていた。
突然、触れ合っていた身体は離れ、自愛のカリスマは立ち上がり歩き出す。
「何処へ行く?」
「もつと大きな鏡のあるところだ。この鏡では我の無欠の姿を全て映せない」
鏡を見て、自身を愛したい気持ちが昂ったのだろう。内罰のカリスマにはとても理解出来ない感情だったが、ともあれ自分に出来ることはもう尽きたのだろうと項垂れる。彼を本当の意味で満たせるのは彼だけなのだから。
結局、自分が彼に与えることが出来るのは気まぐれ程度の娯楽でしかないのだ。そう思うとたまらなく死にたくなる。死んでしまおうか。飛び込んでしまえばこの醜い身体を覆い隠してくれるようなクレバスでも探そうと立ち上がると、背中に声をかけられる。
「内罰のカリスマよ、明日もここに来るがいい」
「我に明日はない。今から此の生を終わらせに行くのだ」
振り返らず歩き続けると後ろから手を引かれる。
「なんだ、自愛のカリスマ」
「我と共に来い。貴様は失うにはあまりにも惜しい」
内罰のカリスマは黙って腕を引かれていた。この冷たい腕を引く彼を満たせるものが自分に残されているのなら、死ぬのはまだ先にするしかない。この愚かな命で、また少し貴様を満たせるのなら。そう思っていた。
「あれでは足りないというなら、また我の手で撫でてやろう。だから死ぬな」
その言葉に、内罰のカリスマは目を見開く。ああ、何を思い上がっていたのか。満たしていたのは我ではなく―
「死なせてくれ」
震える唇から絞り出した声は何処にも届かず、だだ広い空間に二人分の足音だけが響き続けた。