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    HellHellBurger

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    出来てない平和なおせテラ(全年齢)
    (⚠️ハウスにテレビがあります)

    あか「ふあ……」
    大きなあくびが出るのと共に、キーボードを打つ手が止まる。眠気を払おうとカップに手を伸ばすが、いっぱいに入っていたコーヒーはいつのまにか空になっていた。
    「依央利くーん」
    いつもなら呼べばすぐに来る、むしろ呼ばずともいつのまにか淹れたてのコーヒーを注いだマグカップを持ってきている依央利は、どうしてか返事すらしない。おかしいなと時計を見ると、時刻は16時を過ぎていた。おそらく、夕食の準備のために買い出しに行っているのだろう。
    「はあ……ていうかもうこんな時間……」
    そう言ってため息をつくテラはいつもなら会社にいることが多い時間だが、近頃は会社で風邪が流行っており、これ以上うつらないようしばらく在宅勤務を命じていた。
    社長であるテラも例外ではなく、ここ数日は自室で仕事を進めていたが、特段不便なこともなかった。むしろコーヒーもおやつも率先して用意してくれる同居人のおかげで快適な仕事環境だったのだ。
    だけどいないのならば仕方がない、自分で淹れることにしようとテラは腰を上げる。数時間続けた座り仕事ですっかり疲れた腰を伸ばしながら階段を降りていくと、リビングには明かりがついていた。ちょうどいい、誰かいるならコーヒーを淹れさせようかと扉を開けると、テレビがついたままなのにそこには誰もいなかった。
    「もう、誰。テレビつけっぱなしにして出かけたの……」
    理解くんなんかが見たら電気の無駄遣いだと口うるさく怒っていたことだろう。そうなる前に消しといてあげようとリモコンに手を伸ばす。
    「あ……」
    「!?……っ」
    突然真下から聞こえた声に驚いて思わずリモコンを落としてしまう。下を見ると、誰も座っていないソファとテーブルの間の狭い隙間に隠れるようにちょこんと座る大瀬がいた。
    「オバケくん?びっくりした……いるなら言いなよ、もう」
    「ごめんなさい……話しかけられたら迷惑かと思いまして」
    そう言って更に身体を縮こめる彼の腕の中には、タブレットが収まっていた。右手には、タブレットに対応したペンが握られている。
    「テラくんと話したかったでしょ?我慢しなくていいのに。ていうか珍しいね、リビングで描くなんて」
    「え、あ、はい……その……テレビ、猿川さんと見てて」
    そう言われ再びテレビに目を向けると、熱帯雨林の中を見た事のある芸能人が軽快に話しながら歩いている。普段それほどテレビを見るタイプには見えないが、芸能人にも興味があるのだろうか。不思議に思いながら画面を見続けていると、大瀬が何を描いていたのかが分かった。
    『いたいた。いましたよ、さっきのイグアナ!』
    画面の中で大柄な男が指さしているのは、小型犬ほどの大きさのあるイグアナだ。それが出てきた途端に大瀬のおぼつかなかった視線がテレビに集中したのが分かりやすかった。
    「オバケくんが描いてたの、これでしょ」
    「……えっ!なんで分かったんですか?」
    「爬虫類好きだって言ってたじゃん。部屋にもいるし」
    そうは言ったが、大瀬の好みを知らずとも今のリアクションを見たら誰でも分かるはずだ。好きなもののことになると案外分かりやすく表情が変わることを、大瀬は自分では知らないのだろう。
    「よく覚えてましたね、クソ吉の好きなものなんて……あ、でもテラさんは嫌いなんですよね、爬虫類」
    ごめんなさいと謝って床に落ちたリモコンに手を伸ばす大瀬の腕を掴むと、驚いたように目を見開いた。
    「君だって覚えてるじゃん、僕が嫌いなもの」
    「クソ吉とテラさんの好みじゃ、重要さが全然違いますので。……あの、いいんですか?チャンネル変えなくて」
    大瀬は、ソファに座ってテレビを見続けるテラに遠慮がちに尋ねる。
    「目の前にいたらヤだけど、テレビに映ってるくらい平気だし。君も座りなよ、描くんでしょ」
    「……あ、ありがとうございます」
    テラがソファをぽんぽんと叩いたにも関わらず、大瀬が座ったのはやはり床だった。やっぱり頑固だなあと思い、フッと笑い声が漏れる。
    「……ふふっ」
    「なんでオバケくんまで笑ってんの?」
    「!自分なんかがテレビの音の邪魔をしてごめんなさい。ただ、さっき猿川さんもこれで、笑ってて……フフッ」
    テレビの邪魔をしないようにか、大瀬は特別小さな声でそう言いながら、思い出したようにくすくすと笑っていた。テレビに目を向けると、いつのまにか芸能人が半裸になっている。どうやら、何かギャグを披露していたようだ。
    「猿川さんも、コイツおもしれーんだよって……楽しそうにしてました」
    「一緒にしないでくれる?僕はこんなしょうもないので笑ったりしないし」
    実際には、見逃したのでこの芸人が半裸で披露したギャグが面白かったのかは分からないのだが。いつも失礼な態度を取ってくる猿川と同類に扱われたのが、テラには面白くなかった。
    「不快にさせてごめんなさい死にます」
    「ああもうそういうところ!良いから座りな」
    立ち上がってどこかへ行こうとする大瀬の手を引くと、体勢を崩した大瀬はソファに腰を下ろす形になった。
    「皆さんのソファが汚れます……」
    「めんどくさいな。……ほら、ちゃんと見てないと番組終わっちゃうよ?」
    テラが大瀬の頭を掴んでテレビに向けると、大瀬は戸惑いながらもタブレットの電源を入れ、隣のテラの様子を伺いながらもペンを動かし始めた。
    「そういえば、猿川くんは?一緒にテレビ見てたんでしょ?」
    「芸人さんがワニ肉を食べてるのを見て、『腹減ったからコンビニ行ってくる』って言って出ていきました」
    「コンビニにワニ肉買いに?」
    「はい、ワニ肉買いに」
    「絶対売ってないでしょ」
    テラの言葉にフフッと大瀬が吹き出すと、つられてテラも笑い出す。そんな取り留めのない話をしばらくしていく中で、次第に大瀬の返事が曖昧になっていく。
    集中し始めたのかテレビとタブレットをせわしなく行ったり来たりしている大瀬の顔は真剣で、瞳は宝石でも眺めているかのように輝いていた。しばらくのあいだ一心不乱に描き進めると、ひと段落ついたのか、息を吐いてゆっくりとペンを置いた。テレビには、完成するのを待っていたかのようにスタッフクレジットが流れ始めた。
    「完成したの?見せてよ」
    「え……あ、はい……!」
    珍しく素直に差し出されたタブレットを受け取り、鮮やかに描かれた絵を眺める。生い茂る植物の中、ひときわ太い枝の上を勇ましく歩くイグアナの顔には、木々の間から洩れた光が反射して輝いている。普段見ることの多い鉛筆や絵の具で描かれた大瀬の絵とは少し違う、デジタルイラストならではの彩度の高いイラストだった。
    「やっぱり上手いね。かっこいいじゃん」
    「は、はい……。あのイグアナ、テレビの人が来る前も、話しながら近づいてきても、変わらずに堂々としていて、迷うことなくずんずん歩いてるのがすごくかっこいいな、って」
    イグアナをかっこいいと思う感性はテラには理解し難いものだったが、それを楽しそうに話す大瀬はいつもより明るく生き生きとした表情をしており、それを眺めるのは嫌いではなかった。
    「君も真似してみたら?ちょっとは自分に自信つくんじゃない」
    「え……でも、急に四足歩行になったら、皆さんをびっくりさせちゃいます」
    「あははっ」
    堂々と歩いてみたらいい、という意味で言ったのだが大瀬には伝わらなかったらしい。急に笑ったテラに驚いたのか、大瀬は恥ずかしそうに眉をしかめる。
    「四足歩行は、本当にイグアナになったらしようと思います……」
    「なれないでしょ」
    「残念ながらクソ吉のままではなれないので……来世に期待です」
    そう言う大瀬の顔は、先程までの冗談めいた雰囲気とは少し違っていた。両手で持ったタブレットの光が反射した瞳は、未来に焦がれるような眼差しだ。
    「……じゃあ来世のオバケくんはテラくんに会えないね」
    「え……」
    テラは台所に歩きながら、普段通りの口調で話し続ける。
    「さっきみたいにテレビで見るならいいけど、本物には会いたくないもん。だからイグアナとか爬虫類になるなら僕には会いに来れないでしょ」
    「……そう、ですね」
    静かになったリビングに、インスタントコーヒーの香りと、湯を注ぐごぽごぽという音だけが広がっていく。
    「だからさ」
    目の前に差し出されるコーヒーのカップに大瀬は思わず目を見開く。
    「テラくんに会いたいなら、次もオバケくんに生まれてきなよ」
    「え、あの……」
    テラの顔とカップを見比べながら戸惑う大瀬の口元に、ずいとカップが近づけられる。
    「ん、コーヒー嫌いだっけ?」
    「いえ、あの、ありがとうございます……いただきま……」
    差し出されるがまま口をつけた大瀬の眉間に皺がよる。小さく唸り声を上げた後に「にが……」と呟いた。
    「あ、やっぱり苦い?シロップ見当たらなくてさあ」
    「切れてるから買って来たんですよ!もう、連絡くれたらすぐ駆けつけたのに」
    「うわ、びっくりした!いつ帰ってきたの」
    いつのまにか帰ってきていた依央利にコーヒーを作り直させているテラを横目で見ながら、ただ毒見させられていたのだと気がつく。部屋にあるチョコレートで口の中の苦味を消すため、大瀬がその場を去ろうとすると依央利に腕を掴まれる。
    「大瀬さん?すぐにご飯作るからちゃんとリビングにいてくださいね!」
    「うう……」
    部屋に戻ることも叶わず、床に座り込む。ふと顔を上げるとテラは依央利の淹れなおした、砂糖と牛乳の入ったコーヒーを満足そうに飲んでいる。
    生まれ変わって爬虫類になれば、テラにはもう会えない。もしこの醜い肉体とおさらばしてかっこいいイグアナになれたら、それほど素晴らしいことはないだろう。それに、自分なんかとは出会わない方がテラのためでもある。分かっているのに、どうしてか晴れやかな気持ちにはなれない。テラの中ではもうその話題は消え去っているのか、迷いなんてないような笑顔でカップを傾けている。羨ましいような恨めしいような複雑な気持ちでそんなテラを見上げていると、視線に気が付かれたのか手招きされる。
    「オバケくんにも一口あげる。今度は甘いから飲めると思うよ」
    「いえ、大丈夫です……」
    「さっきあんなに悶絶してたのに大丈夫じゃないでしょ、ほら」
    先程と同じように寄せられたカップを、今度は受け取れずに唇をきゅっと噛む。さっきは、テラが使うカップだと知らなかったから口をつけられたのだ。それを知った今、自分が口をつけてこれ以上テラの物を汚すわけにはいかない。それに、先程からテラの言動に流され続けていることへのささやかな抵抗でもあった。
    「あの、本当に大丈夫で」
    ちゃんと断ろうと大瀬が口を開いた瞬間だった。待ちわびていたかのように唇にカップがつけられ、温かい液体が口内に注がれる。先程とは違う、コク深い苦さの中に甘さが混じっていた。それと同時に、口の端を液体が垂れる感触があった。口に上手く入らず溢れたコーヒーだろう、慌ててティッシュを手に取ろうとするより先に、テラの手に握られたティッシュで口を拭われる。
    「あーほら、オバケくんが抵抗するから」
    「す、すみません……っ」
    そもそも拒否したはずの大瀬に無理やり飲ませたのはテラなのだが、赤子にするかのように口を拭かせてしまった罪悪感から大瀬は反射的に謝罪する。
    「首にも付いちゃってるじゃん、もう」
    そう言いながらまたティッシュを手に取り、今度は首筋を拭われる。
    「て、テラさ……っもう、本当に大丈夫ですから……っ」
    「そう?ベタベタするから水で流してきた方がいいよ」
    そうします、と呟いた大瀬は、テラの腕から離れて逃げるように洗面台へと向かう。文字通り頭を冷やすかのように、顔全体を冷たい水でばしゃばしゃと流す。一瞬とはいえ生まれ変わったらテラに会えないことを悔やんでしまった厚かましさも、無理やり口に付けられたカップにテラの唇と同じ紅が付いていたことも、早く忘れなければと必死で水をかけ続けた。前髪や耳までびしゃびしゃになった頃にようやく顔を上げて鏡を見て、あ、と小さく声が漏れた。風邪をひきそうなほどの水の冷たさも虚しく鏡に映る真っ赤な顔を見て、大瀬の脳をよぎったのは先程まで夢中で見ていたレッドイグアナだった。
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