意外と見えるものなんです典型的な自殺方法といえばなんだろう。
首吊りだろうか、屋上から飛び降り? それとも……
「こんにちは。お一人ですか?」
肩をガッと掴まれ、黄色い線の内側へと僕は戻された。
あーあ、線路への飛び込み失敗。もう少しだけはやく飛び込み始めるか遠い場所の駅にすればよかったのにね。また君は失敗するんだ。
うるさい声が頭を割ろうとするけど、僕は今人と話しているから無視を決め込むしかない。ちょっと待っててくれよ、後にしてくれよ。
「……えぇ。」
「見た感じ、どこかにお出かけというわけではなさそうですね?」
「まぁ、そうですね。」
僕の肩を掴んだ人の正体は、スギモトさんによく似た人。通称車掌さんと呼ばれるその人は、今日は車掌の格好をしていない。いつもと服装が違いますね。と言ってみれば、今日は仕事ではないのでと変わらぬ営業スマイルで返された。
「そうだ。先頭車両に乗ってみませんか?」
「それは一体……その、いいんですが、なぜ。」
「いいことを思いついたんです。ついてくればわかりますから、さ、乗りましょう。」
改札を越えた先に来てしまっているから、乗車しなければ不自然である。車掌さんに促されるまま、僕はあまり乗らない先頭車両に乗った。
こっちですよと手を引かれ、ついた先は運転席に一番近い場所。車両の端っこだった。小窓から運転席やその先の景色がよく見えた。
「ここ、外がよく見えるでしょう。」
「ええ。運転席って意外と広い範囲が見えるんですね。」
「そうでしょう。まあ、狭いと車も電車も運転なんてできませんから当然なんですが。」
僕の一歩後ろから、車掌さんは一緒に窓の外の景色を見る。駅に着いて、運転手さんがドアの開閉ボタンを押す。これ、手動だったんだ。
「ところで、なんで僕たちここで窓の外なんて見てるんですか」
「そうでしたね。理由をお話ししましょうか。」
僕にまっすぐ向き直す車掌さんの瞳は笑っているようで笑っていない。綺麗すぎる営業スマイルを崩さないこの人はやっぱりよくわからない。
「先ほど、意外と広い範囲が見えるとあなたは気づきましたね。
よく見える。そう、よく見えるんです。そんなところに、人が飛び込んできたらどうでしょう?」
「……あれだけよく見えるのですから、ぶつかる瞬間もよく見える、と思います。」
「貴方は人が肉片になる瞬間を見たことがありますか。」
その声は鋭く、冷たかった。
「貴方は人間の最期の瞬間の、あの瞳と目を合わせたことがありますか。」
怒っているように見えた。それはもう、すごく。
「ただ運転していただけなのに、ヒトがヒトではない何かになる瞬間を見るはめになる。貴方がしようとしたことは、そういうことなんですよ。」
「……すみません」
「わかればいいんです。」
しにたくなった。でも、しにたくなくなった。
思わず目を逸らした。多分この人は、たくさん経験してきたんだろう。
「時には少し、立ち止まって考えることも必要ですから。」
さあさあもう少し外を見ましょう、この景色意外と新鮮じゃありません? というその声の調子はもういつものものに戻っていた。
それからしばらく、ゆっくりと電車に揺られながら僕はあまり見たことのない先頭車両の景色を見……る気も起きずおもむろに車掌さんの方を見た。
ゆるせなかったんだ、と思った。