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    (いるかつ)湖水浴をする話(ときかつ!時空)

    (いるかつ)湖水浴をする話(ときかつ!時空)「湖水浴に行きたい」

    鞍作のいつもの思いつきで、琵琶湖へ行くことになった。大津の水泳場だ。

    「暑い日に外へ出るやつの気が知れないな……」
    「だからこそ涼を取りに行くんだろ」
    「温度だけならまだいいが、湿気まで加わると最悪だ」

    葛城がげんなりした表情でため息をつく。
    真昼の太陽に照らされ、空を映す湖面は白く波立ち、熱気で空気が歪んでいるように見える。

    「なんだよ、ノリが悪いな」

    「私は暑いのは嫌いだ。……鞍作は、暑さ寒さにも強いから分からないだろうが」

    葛城は手で庇を作り、眩しそうに空を見上げた。

    「って言っても神様だろ。そんな簡単に死ぬわけじゃあるまいし」

    そう言って笑う鞍作の顔は、汗一つかいていないように見えた。

    「死ななければいいというものじゃない」
    「それもそうだな」

    鞍作はポリポリと頭を掻く。それから、思いついたように湖岸を指差す。

    「ほら、せっかく水着も着たのに遊ばないと勿体無いだろ。足だけでも水に入ってみろよ、気持ちいいぞ」
    「断る」
    「ちょっとだけ、先っちょだけ!」
    「嫌だ」

    葛城が後ずさると、鞍作は両手で腕を掴む。

    「どうせ面白がってるだけだろう」
    「そんなことないって!」
    「……水にいい思い出がない」

    生前の葛城は、神隠しに遭って川で発見され、また、海遊びに乗じて暗殺されかけたことがある。

    「水が苦手なのに、ここに都を置いたのか?」
    「それとこれとは別問題だ。自分が入らなければどうということはない」
    「前はよく水浴びしてたじゃないか。ほんとは好きなんだろ」
    「しつこいぞ」

    鞍作が、しばらく考え込む。

    「それなら、一人で泳ぎに行くかな……」

    そう呟いて鞍作が水面に向かって歩き出すと、葛城はハッとした表情になった。

    「……待て、そういう言い方はずるいぞ」

    葛城は目頭を少し押さえたあと、小さな声で「ちょっとだけだ」と言った。
    鞍作は、表情の緩みを必死に堪えた。
    湖岸に腰掛け、靴を脱ぎ、爪先からゆっくりと足を入れる。少し冷んやりとした感触は心地よかった。

    「……冷たくて気持ちいい」
    「そうだろう?」

    鞍作が葛城の顔を覗き込むと、彼はなんともいえない表情を浮かべていた。この無表情も、昔と変わらないなと思う。
    足首、ふくらはぎ、膝下、太もも、と徐々に身体を沈めていく。
    水に身体が包まれる瞬間、はっと息を呑む音が聞こえた。

    「案外いけるだろ?」
    「まあ……」

    そう言いながらも、葛城は胸のあたりまで浸かってそのまま固まっていた。

    「入っちゃえば、意外と大したことないぞ」
    「……わかっている」

    鞍作が一歩ずつ近づくと、葛城はより深く、身体を水に沈めた。それから、怯えたような顔をする。

    「怖いのか?」

    鞍作が笑いながら言うと、葛城はムッとした表情になる。

    「そういうんじゃない」
    「まあ、無理すんなって」
    「私は鞍作と違って足腰が強くないんだ」

    葛城はそう言いつつも、鞍作が身体を沈ませると後をついてきた。
    結局、全身を浸けるところまで来てしまった。水の冷たさが心地よい。

    「ほら、足だけより楽しいだろ?」
    「……まあな」

    葛城は、水面下で足を動かし、波紋を広げる。

    「それに、水に浸かっていると、陸よりは涼しく感じる」
    「そうだな」

    葛城は、風に吹かれて髪が揺れるのを手で押さえる。その姿は、人間そのものだ。

    「髪、伸ばさないのか?」
    「もうずっとこれで慣れているからな」
    「せっかくきれいな髪なんだから、手入れして伸ばした方がいいって。顔だって男前なんだしさ」
    「気が向いたらな」

    葛城は、水面に目を落としたまま答えた。その横顔は少し寂しそうに見えたが、あまり踏み込まない方がいいと思い、鞍作は黙っていた。

    「……まあ、水にいい思い出がないってのも分かるけどな」

    鞍作は、水上に仰向けになると、ぼんやりと空を見上げる。澄んだ青空と夏の日差しが眩しい。

    「あんなことが無ければ、葛城もただの水浴び好きな男でいられたのにな」

    葛城は、黙って鞍作の言葉を聞いていた。

    「今では、こんな風に湖の真ん中で水浴びできるんだから、まあ良かったのかもな」

    鞍作がそう言うと、葛城は遠くを見るような目をした。

    「そうだな。今日のは悪くなかった」

    その口調には、どこか諦めに似た響きがあった。

    「鞍作、あまり私に深入りするなよ」
    「なんだよ、急に。寂しいこと言うなよ」

    鞍作は、わざと明るく振る舞った。だが、葛城はふっと笑っただけで、それ以上のことは何も言わなかった。
    それからしばらくして、湖から上がった二人は、びしょ濡れのまま隣合って座っていた。

    「こんなこと、前にもあったな」
    「私がまだ人間だった頃か?」
    「そうそう。やっぱりその時は……」

    そこまで言いかけて、鞍作は口を噤む。

    「どうした」

    葛城が促したが、鞍作は苦笑しただけで答えない。

    「言わなきゃ分からないだろ」

    鞍作は、「いや、なんでもない」と答えた。

    「それより、そろそろ昼食にしないか」
    「……そうだな。腹が減った」

    鞍作が立ち上がると、葛城もそれに続く。
    2人は手を繋いで歩くと、水浴びをした場所を離れていった。
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