白虎、降るその日は冬の寒さが厳しい日だった。書斎の中には蝋燭の炎が揺れ、静寂の中に紙をめくる音だけが響いている。頼光は机に向かい、筆を走らせながら、時折窓の外に目をやった。雪がしんしんと降り積もる夕暮れ時だった。
そこへ、障子の向こうから軽い足音が近づいてくる。
「頼光様、ただいま戻りました……」
小さな影が障子をそっと開けた。現れたのは、白と黒の毛並みを思わせる衣をまとった小さな鬼切だった。柔らかな耳がちょこんと頭に乗り、ふわふわとした尻尾が後ろで揺れている。
衣にはうっすらと雪が積もっていた。鼻先も赤く、外で長く動いていたことが窺える。
頼光は顔を上げるなり、その姿を目にして動きを止めた。そして、数瞬の沈黙の後、微かに目を細めながら口を開いた。
「……その姿、随分待ったぞ。」
まるで悟られまいと冷静に言ったつもりだったが、声に滲んだ期待は隠しきれなかった。
ちび切は頼光の反応を敏感に察して、ぴくりと耳を動かす。
「……なにをだ」
何か嫌な予感がする。ぐっと身構えたものの、頼光はそんなことを気にも留めず、隣を軽く叩いてみせた。
「ここへ来い。」
「……」
「寒かっただろう。」
書斎の中は、屋敷のどこよりも暖かい。炭の香りが漂い、頼光の側に置いてある火鉢のぬくもりが空気を柔らかくしていた。ちび切はトコトコと歩いて隣に座る。
「その衣……猫ではないか?」
頼光がちび切の可愛い耳と尻尾をつつき、軽く笑いながら言うと、ちび切は即座に否定する。
「ちがう。これは白虎だ」
「そうか。まあ、些細なことだ。」
頼光は満足げに頷くと、今度は膝をぽんぽんと叩いた。
「もっと寄らないか」
ちび切は一瞬、躊躇った。冷え切った体は温もりを求めている。頼光の膝をちらりと見て迷った後、姿勢を正して頼光との距離を詰めた。
「俺は猫では……」
ありません、そう言いかけたが、頼光の手が優しく頭に触れると、ふっと力を抜いてしまった。雪のような白髪を撫でる手のひらは温かく、心地よい。続けて撫でられると、自然とまぶたが下がってしまう。
「……ぐるる……」
喉の奥で小さく鳴る音に、ちび切は気付かない。
「……あの……頼光様、俺は報告に来たのですが……」
どうしても職責を果たしたいちび切が、眠気に抗っている。
「急ぎか?」
頼光は撫でる手を止めずに問う。ちび切は瞼を半ば閉じながら、ぼそりと呟く。
「……いえ、すべて終わりました……」
「よくやった。」
その一言に、ちび切は少し誇らしげに鼻を鳴らす。
緊張の解けた体は自然と頼光の肩にもたれかかる。書斎の静寂の中、火鉢の暖かさと頼光の体温がじんわりと広がっていく。
「さて、昼間の騒動の原因は……」
しばらく後、頼光がやっと本題に意識を向けた頃には、ちび切は頼光の肩に体重を預け、穏やかな寝息を立てていた。