ラッキーな夜「おやぁ?開拓者のお兄さんじゃあないですか!どうしたのです、こんな場所で」
ここはボルダータウンの一角に立つ小さな酒場。
店内は薄暗いが、しかし程々の賑やかさと程々に美味い酒、マスターの作る結構美味しい小料理が魅力の店だ。
客層も悪くないためサンポも行きつけにしているのだが、今日はここで初めて見る顔を見つけた。
いや、正確に言うと彼はよく知っているし、もっと知りたいと思っている最愛のお得意様である少年、穹。
ただこのような酒場で見掛けるのは初めてだった。
本人がまだ酒を飲める歳ではないと以前言っていたこともあり誰かに連れてこられたのかとも思ったが、いつまで経っても連れらしき人物は見当たらず、テーブルで何か飲み物をちびちび飲みつつずんと落ち込んだ様子の穹へ次第に一部の客のよろしくない視線が向けられ始めたのを感じ取り、サンポはついに声を掛ける。
ずっと下を向いていた星色の瞳が、ゆるりとサンポを見上げた。
「…サンポ?」
「えぇ、貴方のサンポですよ!ご一緒しても?」
「…ん、いいよ」
向かい側に座っても、サンポの最愛の少年は浮かない表情のまま。
こんな表情の彼は見ていたくないな、と何があったのかと聞いてみると、穹はおもむろに端末を取り出してその画面を見せてくれた。
【銀河のラッキースター】。
きらきらと輝くフォントで書かれたそれは、どうやらゲームアプリ内での抽選大会のようなものだったらしい。
1週間毎日開催されたそれに参加すると高確率でガチャ石を50個、低確率で600個、そして全サーバーで極僅かな人数が50万個貰える!…と。
「ははぁ、対価の無い宝くじのようなもの」
「対価はあるぞ、抽選に参加しない場合は毎回固定で100個貰えるんだ」
「安定を取るか、賭けるか、中々ギャンブル性の高いイベントだったと。ちなみに穹さんはどう、した…のか聞くのは野暮ですね!貴方のことだ、毎日抽選に参加したのでしょう?」
「…うん…」
「そして、全日50個だった?」
少しの沈黙の後、小さな声で『うん』と返ってくる。
自分ならば毎日600個、いやラッキースターだって当選する筈と意気揚々参加した彼は見事、確率の前に敗北したそうな。
そして誰か友人にでも愚痴って気分を変えようとベロブルグへ足を運んだものの、声を掛けた何人かはことごとく別の用事があり、おまけに細々としたトラブルに連続で巻き込まれたりと散々な目にあって、ヤケになりこの酒場へ入ったらしい。
いやはやなんと可哀想な穹、ただヤケを起こして入ったのがこの酒場だったというのは幸運だ。
この店のマスターはまだ未成年の穹に店の儲けの為に酒を飲ませるようなことは決してせず、ジュースとフライドポテトを提供してくれるような良心的な人なのだから。
「全く、そんな事なら何故真っ先にこのサンポへお声掛け下さらなかったのでしょう!僕ならいっくらでもお付き合いしますよ!」
「詐欺の片棒を担がされてもやだし…ガチャに課金してあんま手持ち無いし…」
「そんなもの!貴方と僕の仲じゃないですかぁ! お金はいただきませんから、ね?」
『ほんと?』と呟いた穹の雰囲気は、先程より少し軽くなっている。
やはり人と話すというのは良い気分転換になるのだろう、サンポがお金"は"取らないとしか言っていない事に気付く程の余裕はまだ無さそうだが。
この店は良い店で客層も悪くない、悪くはないがこんな整った容姿の少年が一人で居れば変な気を起こす輩も必ず存在する。
自分の事を完全に棚上げした危機感を抱きながら、サンポは懐からコインを一つ取り出した。
「どうせなら、この後の事を賭けで決めてみませんか?コイントスをするので、表か裏かを答えてください。当てられたなら僕の家にご招待して、とびきりに素敵な時間を。外したら…そうですね、少々ハードな"運動"に行くという事で」
「運動?何するんだ?」
「それは後のお楽しみで!というか、今は外した後の事なんて考えない考えない!貴方はまさしくラッキースターだという自信を持って、お答えください!」
考えたって意味は無い、どうなろうと彼はこの後"運動"が何を指しているのか理解する事になるのだから。
ピン、と小気味良い音を立ててコインが宙を舞う。
そしてサンポの手の甲に着地し手のひらで隠されたそれに、穹の視線がじっと向けられた。
「さぁ…表か裏、どちらでしょう?」