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    kurui_usagi39

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    kurui_usagi39

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    ファイ穹
    とある事件にまつわる話のプロローグ…的なお話。オリモブがだいぶでしゃばってます。一瞬だけ‪🔆‬モブっぽく見えるシーンあり

    『君に頼みがあるんだ、一緒に来て欲しい』
    その言葉に他ならぬ相棒の頼みだから、と一も二もなく頷いた穹が連れて来られたのは、雲石の天宮の片隅だった。
    口数少なく真剣な表情のファイノンに、穹は何か真面目な話なのだと思い、気を引き締める。
    そして小さなアゴラに辿り着き、ファイノンが足を止めた。
    その視線の先を穹も見てみると、一人の女性がぼんやりと景色を眺めていた。

    「アカンサス」

    ファイノンが優しい声で名前を呼ぶ。
    それが彼女の名前なのだろう、亜麻色の髪をふわりと揺らしながら振り向いた彼女は19か20といった年頃の女性で、ハッとするほど美しかった。
    このオクヘイマにおいて、浪漫の半神たるアグライアに【美】でかなうものはいない。
    アカンサスと呼ばれた彼女もまたアグライアには及ばないものの、男なら誰しも思わず目で追ってしまうのではないかと思うほど、美しい女性だった。
    そんな女性がファイノンの姿を見た途端、花の咲くような、どこか幼さすら感じる笑みを浮かべ駆け寄ってくる。

    「ファイノンさま!」

    そしてそのまま、ファイノンの腕の中へ飛び込んだ。
    ぎゅうっと抱きつき、幸せそうにファイノンの胸へ頬を寄せている。
    その光景にも驚いたが、穹をもっと驚かせたのは、ファイノンが彼女を宥めるでも窘めるでもなく微笑みながら受け入れている事だった。
    優しくアカンサスの頭を撫でるファイノンの様子に、ぢり、と穹の胸はおかしな音を立てる。
    恋人、なのだろうか。
    『そんな綺麗な恋人がいたなんて、羨ましいな』
    そう言って茶化そうとしたが、上手く言葉が出なかった。
    『好きな人がいるなんて、そんな話聞かなかったけど』
    代わりに心の内から不満が溢れてきて、口を出そうになるのをグッと堪える。
    胸の奥がもやもやして、息が少し苦しい。
    …どうして自分はこんな気分になっているのだろう。

    「アカンサス、紹介したい人がいるんだ。彼は穹、僕の友達だよ」

    ファイノンの視線が穹へ向けられた。
    俺を彼女に紹介したかったのか、と思うと同時に、ふと違和感を覚える。
    …"友達"?オクヘイマの賓客でも、異邦人でも、仲間でもなく、友達だけ?
    そしてその言葉で穹の方を向いたアカンサスの様子が、違和感をより強くさせた。

    「はじめまして、お兄ちゃん!」

    ファイノンへ向けていたのと同じ、彼女の年頃を考えれば幼すぎるようにも見える笑顔。
    どう見ても彼女自身と同じくらいか年下に見えるだろう穹を『お兄ちゃん』と形容しニコニコと笑うアカンサスの横で、ファイノンは憂いを帯びた表情をしていた。



    「彼女は両親と叔父と一緒にオクヘイマを目指して旅をしていたらしい。その道中で彼女は重症を負い、ご両親は…」

    少し離れた所から、楽しげな笑い声が聞こえる。
    キメラたちとじゃれあってきゃらきゃらと笑うアカンサスを眺めながら、ファイノンは彼女を保護した時の話を聞かせてくれた。
    オクヘイマの郊外で人が暗黒の潮の造物に襲われているという情報が入り、ホプリテスと共に現場へ急行したファイノンは、そこで既に亡くなっていたアカンサスの両親と、恐怖のあまり逃げ出してはぐれてしまったアカンサスを探していた彼女の叔父を発見したのだという。
    自分も探すと言って聞かない叔父を守りつつ、捜索の末ようやく見つけた彼女は、深い傷を負っていた。
    その時偶然にもヒアンシーがオクヘイマへ出向いており、適切な治療を受けられた事で命を取り留めたが、目を覚ました彼女は記憶を失っていたらしい。
    否、もっと正しい言い方をするならば『心を壊してしまっていた』。
    アカンサスの心は今、5歳くらいの少女なのだそうだ。

    「で、俺に…というかミュリオンに頼み事があると」

    こくりと頷くファイノンに、穹はどうにも嫌な予感を抱く。
    大切な人を喪い、心を壊す。
    悲しい事だが、今のオンパロスではよくある話だ。
    ファイノンは優しい。たまたま深く関わってしまったアカンサスを捨ておけず、なんとか現状を変えてやれないかと考えてこの依頼をした可能性はある。
    だがそれだけにしてはどうも、ファイノンの様子がおかしい気がした。
    アカンサスとの出会いを語っていた時も、どうにも歯切れが悪くなる部分があった。
    その事を率直に指摘すると、ファイノンは頭を掻きながら『相棒には敵わないな』と苦笑いして、それまで以上に声を潜める。

    「彼女のご両親の遺体を見つけた時、現場がやけに綺麗だったのが気になるんだ。抵抗した痕跡は無かったし、荷物どころか周囲の草木すら荒れていなかった。そしてもっと不思議だったのは────辺りには隠れられる場所も無かったのに、彼女の叔父は無傷だった」

    暗黒の潮の造物に襲われ無傷で逃れられたというのなら、それは普通喜ばしい事だ。
    けれどファイノンの表情は、ひどく険しい。

    「ヒアンシーの話だと、アカンサスの叔父は何度もヒアンシーを訪ねては『アカンサスは何時かえしてもらえるんだ』と聞いてきたらしい。まだ治療中のアカンサスを無理矢理連れ帰ろうとした事も…正直に言って、怪しい」

    ───アカンサス一家を襲った事件は、本当に暗黒の潮の造物によるものなのか?───

    「真相を突き止めるために、彼女の記憶を辿りたいのね?」

    ずっと話は聞いていたのだろう、姿を現したミュリオンはきりりと目をつりあげていた。
    ミュリオンの力があれば、きっと事件の真相に辿り着ける。
    一人の女性が両親を亡くし、心を砕き記憶に蓋をしてまで目を背けた事件の真相に。

    「僕に出来る事ならなんでもするよ。だから力を貸してくれ、相棒」

    胸に手をあて真っ直ぐに見つめてくるファイノン。
    人々を救う為に、出来る事を出来る限りやる。
    そんな生き方を貫く彼を眩しく思いながら、穹は力強く頷く。
    アゴラには、優しい西風が吹いていた。
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