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    minakenjaojisan

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    かわいそうなオズと兄弟子のフィガロ

    かいじゅう北の国は吹雪だった。
    昨日も北の国は吹雪だった。おとといも、先週も、1か月前も3か月前も、半年前も、ずっと吹雪だった。本来あるべきはずの短い夏は雪に覆い隠され、そのわずかな太陽の光を頼りに生きていた人々はみんな死んでしまった。けれどその訃報と嘆き悲しむ叫び声もまた、吹雪に覆われてこの城に届くことはなかった。
     そんな堅牢な城の城門を空から超えてやってきた客は、降り立ってすぐに異様な臭気に気が付いた。眉をひそめながら、普段城主がいることの多い大きな暖炉のある居間に顔を出したが、部屋は凍り付くほど寒々しく誰もいなかった。それならば寝室か、寝室の扉は凍りついて魔法でなければ開かない。そうしてたどり着いたのは食堂だった。フィガロは白い息を吐きながら、がらんとした部屋に足を踏み入れる。ここにもまた、先ほど感じたのとは違う異臭が漂っていた。はたしてオズはそこにいた。テーブルに並ぶ2対の食器と、一皿は間食されたようで空になっているが、もう一皿はオズの前にあった。
     背中を向けた彼の表情は見えないが、様子がおかしいことは明らかだった。普段はうっすらと魔力に覆われて艶があり、床から毛先を浮かせている髪はくすんでいて、床に何度も引きずっているのか傷みがひどかった。その肩越しにのぞき込んだシチューもまた痛んでいた。ところどころ、緑色の黴に侵されていて、スプーンがからくりのようにのろのろとそれを掬っては口に運んでいた。
    「オズ!いい加減にしてくれよ。もう腐ってるよ。わかってるだろう」
     フィガロはテーブルからすべてを消し去ってしまった。宙に浮いた手が、ぼたりと膝に落ちる。顔を覗き込んだら子供を亡くしたような母親の顔をしているのかと思いきや、彼はあくまで普段通りにフィガロを睨みつけた。
    「アーサーが食べ残したものはいつも私が代わりに食べていた。何がおかしい」
    「食べ残しも何も、もういないんだから。残ってるんじゃなくて、またアーサーの分まで作っちゃったんだろう。お前、あの子が来るまで食事なんか、月に一回でもしたらよかった方じゃないか。元に戻ればいいだけだろう」
     アーサーがこの城を去ってから当分は、ほんの少しこの弟弟子に優しくしていたけれど、最近は目に余るのでフィガロも歯に衣着せなかった。それでもオズは気にした風もなく、いつもどおり不機嫌になっただけだ。しかし顔色は悪く、魔力に満たされて普段は不思議なきらめきを湛えていた瞳も空と同じ色に濁っている。オズはフィガロが来た時いつもするように、居間に入っていった。暖炉に火を入れるつもりなのだろう。



    「そろそろ夏にしてもらわないと。人間が何人死んだかは流石にわからないけど、魔法使い達だってそろそろ限界だよ。来る途中にミスラに会ったらさ、あいつ珍しく機嫌がよくて俺に話しかけてきたんだよ。ここ最近は死者の湖に運ぶ死体の数が多くて忙しい、久しぶりに会ったんだからお茶でもどうかってね。本当に不気味なやつだよ。まあ結局最後は機嫌を悪くして襲ってきたから、その辺にしといたけどね」
    「…………」
    「……お前はあの子を失ったかもしれないけど、まだ中央の国で元気に暮らしてる。でも、北の国に住む母親たちは永遠に子供を失ったんだよ。お前ひとりの悲しみに全員を付き合わせてくれるなよ。みんな大変なんだから」
     みんな大変、という言葉は、フィガロが南の国で人間達に教わった言葉だった。「みんな」という言葉の意味は、それよりもずっと前に弟子に教えてもらった。オズと同じように、自らその手を離して、いなくなってしまったあの魔法使いに。
     オズはいつもどおり何も言わなかった。北の国は1年前から猛吹雪だが、それ以外は何も変わらない。いつもどおりだ。弱い人間と魔法使いは死んで、オズは城に引きこもってフィガロの話をただ聞くだけ。アーサーが来る前と、何も変わらない。もとどおりなのだ。
     鼻が慣れてきて、城に着いた当初に感じた焼け跡の匂いは気にならなくなっていた。



    その日の晩、オズは夢を見た。
    「オズさまー!たすけてください!」
     アーサーが来ればひとりでに開くようになっている寝室のドアが勢いよく開き、小さな体がとことことベッドに駆け寄ってきた。涙にぬれた顔と声に跳び起きる。ぐすぐすと目を擦っている子供を抱き上げてどうしたと聞いた。
    「ベッドがもえちゃったんです。あの、あの……。わたし、おねしょをしてしまったのです。それで、かわかそうとして火をたいたのです。そしたら、……わーん……!」
     自分で乾かそうとしたのだな。偉かった。ベッド一つ燃えたところで造作もない。すぐ直してやるから、目を擦るのはやめなさい。
     アーサーを抱きしめて、部屋に向かう。扉を開けた瞬間、中から炎を纏った魔物が現れて、オズの腕から小さな体をもぎ取った。
    「わーん!オズさまー!たすけて!あつい!あついよお!」
    「アーサー!」
     オズは飛び起きた。部屋からまろび出てふらふらした足取りで走る。アーサーの部屋にたどり着いて、低い位置で止まったままのドアノブをガチャガチャと開けた。
     そこには灰しかなかった。
     全部燃えて、そこには灰しかなかった。体が凍ってしまうほどの冷たい部屋に、灰が積もっている。
     オズは走りつかれて、ぜえぜえと息を切らして膝をついた。自分の物とは思えないような苦しい息遣いと、どくどくと脈打つ血管の音が、耳に響く。ベッドを燃やしたのはアーサーではなくオズだ。昨日ちょうど、何万回目かもわからない破壊があった。アーサーと楽しく湖で遊んだ夢を見て、起きたらあの子はいなかった。それでオズはベッドから、絵本から、全部燃やしたのだった。だから灰しかないのは当たり前だ。オズは乱暴に床の灰を払った。そこを起点に、みるみるうちに灰が渦を巻き、粒子が徐々に元の姿に戻っていく。それらは分厚い魔術書に、木のつみきに、うさぎのぬいぐるみに戻っていき、あるべき場所に片付いた。あの時アーサーが燃やしてしまったベッドも、もとどおりそこにあった。けれどさっきまで腕に抱いていた子供はどこにもいなかった。気配さえ感じられない。声も聞こえず、足音もどこからも響いてこなかった。違和感が渦巻いて、のどにせりあがってくる。床に手をついた。
    「っ……、えっ……ごほっ、げっ……ぇ」
     アーサーがかつて暮らした部屋に、腐ったシチューと胃液の混ざり物がぼたぼたと落ちていく。今までにも何度も吐き戻して傷ついた体はそれに血を混ざらせた。夜中の物音に気付いてやってきたフィガロは、嘔吐する弟弟子の痙攣する体を眺めた。現実と理想のギャップに苦しむのは、現実と向き合い始めている証拠だ。アーサーがいなくなった直後は、まるでそこにアーサーがいるかのようにふるまっていた。狂人そのものだった頃からすれば大進歩だ。その様に安堵する。
    「アーサー……っ、ぐ、ぅ……っ、アーサー……アーサー……っ……」
    フィガロは、廊下の窓から外を見た。夜明けが近くなり、雪山が朝日に照らされて光の線を描いている。突き刺さるような冷気を感じながらフィガロは言った。
    「アーサーも、もう14歳だ。来月は誕生日のお祝いを国中でやるんだよ。お前も遊びに行けばいい。お城の上からアーサーが手を振ってくれるんだ。
     あの子は、自分の誕生日と同じころに咲く北の国の花が好きだっただろう。こんなに寒かったら咲かないよ。オズ……」
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