書庫で挟まれる話 もう何年この本丸で暮らしたのだったか。そう言いたくなるほどに倉庫や書庫は物であふれていた。十年も経っていないのに、いつの間にか書物やら壺やら物が増えている。付喪神なんて存在が身近なせいもあって物を大事にするから、壊したり無くすのもよろしくない気がして、捨てるのも躊躇して貯まる一方だ。
そんなわけで、大変なことになっている書庫から整理整頓しようと決意したのが数時間前。手のあいていた歌仙さんと、少し大まかな分類だけでもやっておこうとしたのだが。狭い通路のような書庫で、後輩にあげられる部類の本を移動させているうちにそれが起こった。
古くなっていた棚板が本をずらした拍子に外れたのか、こちらに中身が滑り落ちてきた。その勢いで私たちの背丈より大きい本棚が倒れる。それで本棚同士がぶつかっていく。危ないっと感じた瞬間に、周囲がスローモーションに見える。しかし、とっさには動けない私の体。ガタガタと本棚のぶつかる音と本が雪崩の様に落ちる音がすぐに聞こえて目の前が真っ暗になる。
「大丈夫かい、主。どこも痛めていないだろうか」
「は、はい。歌仙さんも痛かったのでは? 大丈夫ですか?」
「僕は平気だよ。しかし、下手に動けばさらに棚が倒れそうだね」
歌仙さんが私をすっぽりと隠すように抱きしめて守ってくれたお陰で私は無事だが、なんとも動けない状態だ。私の頭の後ろに歌仙さんの手があり、身体は胸がつくほど密着しているし、足も……自身の足と足の間に相手の足が有る。大事にしてきたはずの本もこれでは破れたり潰れて台無しになっているかもしれない。そして、こんな状況でどぎまぎしているだけの自分が情けない。
「助けを呼んでみましょう」
こくりと歌仙さんが頷いて、まず私から大きめの声を出してみたけれど誰かが向かってくる物音はしなかった。歌仙さんも試して、しばらく待っていたが静まり返った書庫に私達の心臓の音と息遣いだけが聞こえていた。
「……本を駄目にしてしまいました」
無言の気まずさに耐えられなくなった私が言った。余計に気まずくなるような発言だったと言ってから思う。
「この辺りは函(はこ)に入っている本だったから、それほど酷い状態にはならないさ」
歌仙さんの優しい声が耳元でする。くすぐったい。思わず身をよじる。
「きみが無事でよかった。……それと、あまり動かないでくれると助かるのだが」
自分の心臓がどくりと跳ねる。熱い。意識を、そちらに持って行かないように、狭い視界の中で背表紙の文字など探して読んだ。鼓動が早い。書庫の掃除は定期的にされていたから埃っぽくはない。そのせいで歌仙さんの香が汗と混ざった匂いだけを吸い込んでしまう。早くこの状況から逃れたいのに、ひとつの生き物のようになっているこの状態で時間が止まってしまえばいいのに、なんて馬鹿なことを考えていた。意識をそらすために手に力を入れてみても歌仙さんの着物を握りしめる形になってよろしくない。
「すみません。あまり動かないようにします」
謝ったってどうにもならないけれど。声を出せば伝わる振動でますます身体が密着しているのを意識してしまう。熱を感じる。無になろう。接してる面がどこだとか考えるとよくない。
「……目を閉じれば少しは考えずに済むかと思ったが、余計に五感が冴えてしまうね」
やや熱っぽく聞こえる歌仙さんの声は困ったように震えていた。
きっと、ここから助け出されても。
歌仙さんとの距離感は昨日までの状態には戻らない。
〈了〉