意のまま、芯を探して「自分の事を信じるって難しいじゃん?それでも頑張ってるのって本当に凄いからさ。だからもう少し自分を信じてみて良いんじゃないか」
「まだそのままでも良いと思いますよ。貴方は貴方でしょう。新参者だった私と比べられ焦る気持ちは無理もないとは思いますけど」
「テスラくんはずっと頑張ってきたんだもん。それを皆分かってるんだから大丈夫だよ」
優しい言葉をくれた家族はもうこの世界にいない。
消されてしまった命は二度と戻って来ない。
それを一番よく知っている二人は仲間を護る為に生命を散らし、今も尚尾を引いて苦しむ家族だっている。
だけどそれをよく知り一番深部を知っているボクは?ボク自身は何を思いこの場に居続けて戦っているのだろう。何を信じているのかすら分からないのに戦う意味はあるのだろうか。この思考に方程式があるのなら解ける筈なんだと信じていて尚朧げにしか浮かばない言葉はなんなのだろうか。
何もかもが分からなくなってしまいそうで恐怖感すらあるけれどその足は前へと進む気配は無く、それどころか後退までしているのだからきっと自分はこの先に行くべきじゃないのかもしれない。
だけど進まないといけない。託された言葉を紡げるのは自分だけなのだ。
「進まないと」
「進まないとなのに」
「すすまないと、はやく、はやく、うごいて」
足はただ震えるだけ。動く気配が一切ないからなのかそれとも別の理由からなのか震えが止まらず服の裾を握る事ですら苦戦してしまい何もかもに絶望と恐怖ばかりが駆り立てられ続けている。
どうして動かないのだろう。何か悪い事をしてしまったかそれとも今までの悪戯の罰なのだろうか。それにしては罪が重過ぎるとは考えなかったのか。
そんな言葉は届かないと知っているから呑み込む為に息を吸おうとするが全く息が吸えず視界が段々と狭まっていくのがはっきりと分かった。
「(あ、これ不味いやつだ)」
そう理解しているのにそれ以上の思考は許されずただ自分を否定し罪を重ねるかの如く意識すら朦朧とし始めた。
嗚呼、このまま死んでしまうのだろうか。それならどれ程良いのだろうとまで思えるぐらいには地獄なのにそれでも自分の身体は生きようとし続け必死に呼吸を求め足掻いている。その事実にすら息苦しさを覚えてしまいそうな身体をまた恨み感情はどんどんと負へ成り下がっていく。
どうして自分はいつもこうなのだろうか。誰かの為になれると思ってやろうとしてもその誰かは自身の力で解決し、発明はどんどんと廃れガラクタの山と化していく。それを必死にひた隠している自分の足元はいつかガラクタに取られてしまい動けなくなりそしてその事実にまた自分は蓋をしようとする。
自分はまだやれる事をいつか証明してやると思っていたのにその足は動く事を許されていない操り人形の様に動く気配は無く自分を求める声もいつしか途切れてしまっていたのではないかとまで錯覚させられていた。
「(ねえ、まだ動くって信じさせてよ)」
自分の言葉を聞いてももう何も出来ない。
このまま目を閉じて起きたら夢であってくれないだろうか。
目を覚ましたらいつもみたいに隣で誰かが談笑していて、遠くで誰かが怒られてて、ボクと同じ罠師である【あの人】が追いかけられていて。そんな日常が本当の世界でこの世界が夢だったのなら。
そんな素敵なおとぎ話ならどれだけ良かったのだろうかと思いながらゆっくり瞼を閉じてみると瞼の裏で誰かの笑顔が見えて少しだけ安心し小さく笑みを浮かべたまま意識を手放した。
『テスラさん』
『テスラ』
嗚呼、あの二人みたいに力を継承出来たのならどれだけ良かったんだろう。
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「う~ん…」
悪い夢を見ていた気がする。とてつもない不快感と心臓の跳ねる音で目が覚めて伸びをしようとするとブランケットがかかっていた事に気が付き滑り落ちていくブランケットを反射的に手に取ったかと思えば少しだけ肌触り確かめる様にブランケットの表面を撫でた。ふわふわな感触が少しだけ擽ったい。
「起きましたかテスラさん」
「おいまだ話は終わってないぞ糸廻!」
通りがかり起きたボクに対して手を振ってくれた輪廻さんはどうやらまた何かをやらかしていたらしい。いつも通りイグニスおじさんに怒られている輪廻さんは懲りた様子を一切見せずそれどころか更に何かしら重ねようとしている様子すら垣間見えているからきっとこの後更にキレられるのだろう。
だけど何となく今はこの状況にも安心を覚えているからか息が苦しくない。
「…あれ?」
どうして今自分は息苦しいと思ってしまったのだろう。寝ている時だってさっきだってずっと息苦しい感覚は無かったのに。このホームにいる動物達だってあまり喉元に体重かけたりしてくる訳でも無い。
なら、何故?
「…テスラ坊?」
「はぇ!?」
「お前大丈夫か?こんな所で眠りこけてたし疲れてるんじゃないのか」
「大丈夫だよ~、疲れてなんかなんかないよ」
一旦はヘラヘラと笑いながら返すけれど自分の表情がどう映っているのかは内心とても心配だ。けれどそれを悟られてしまうと目の前にいる二人はなんやかんやとてもお節介だからきっと質問責めにされてしまうだろう。だから申し訳ないけれどここは濁すしかない。
だけど現実はそこまで甘くは無かったらしい。
「な~~~~にが疲れてないですか」
「あぇ~~」
「おいあんま引っ張ってやるなよ」
「だってこの子あんなへたっぴな笑顔で隠そうとしたんですよ?信じられます?いやまあ見てましたけど刑事さんも一緒に」
どうやら自分の笑顔はとても下手だったらしい。嘘を吐く事には慣れている筈だったのだけれどどうやらこう言う場面ではまだあまり上手く嘘で人を騙せないようだ。及第点だろう。
頬を抓ってボクを軽く叱っている輪廻さんの表情を見ようと目線合わせに向かうとその表情を見て少しだけ驚いてしまった。
だってその表情は明らかに怒りが混じっており、少しばかり呆れもあるのだろうけれど自分の事を心配してくれているのは一目瞭然であるから茶化そうとも思わない。ただただ驚きばかりがあるだがそれでも自分の為に怒ってくれる事にはあまり慣れないから何も返せない。
それがあまりに元気が無かったんだと思われたのだろう。少しムッとしてしまった輪廻さんは『ほらこんなとこじゃなくて自分の部屋で寝て下さい』なんて怒ってボクを強制的に立ち上がらせようと手を引っ張る。その力は普段バトルで出している火力から到底離れておりどこかぎこちない気までするが気のせいだと思う事にしよう。これを伝えたとして拗ねられるのも面倒な事になるのも見えてしまっているのに話す事に利点なんて確実に無いだろうし。
「も~、分かったよ。ちょっと休憩してくるから」
「本当ですか?ちゃんと休んで下さいね」
「流石にテスラ坊は物分かり良いから聞くだろ、お前と違って」
「何を言うんですか突然!別方向から殴られた感覚なんですけど!?」
「あ、あはは…」
輪廻さんの言葉を皮切りにやいやいと言い合いが始まってしまった事には苦笑い浮かべるけれどそれも含めて日常らしい日常が帰って来ているのがとても嬉しいからなのか不思議と嫌な気持ちにはならない。
あれ?『日常が帰って来た』ってなんだろう。
「…やっぱり疲れてるのかも」
やっぱり早く寝るべきなのかもしれない。そう思ったボクは足早に言い合いの現場から離れ自室へと向かう。早く眠ろう。そうしたらきっといつも通りの毎日で楽しく過ごせるんだ。悪い夢を見たなら上書きしてしまえば良いんだから。
「おやすみなさい」
次起きた時はまた日常なんだ。ねえ、そうでしょう?
そんな言葉を問いながら目を閉じてボクはまた夢の中へと堕ちていく。
次の夢の平和な世界を貪る為、そして心を守る為に。
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「う~ん…?」
「あっ!おきたよ、おじさん!」
「起きたか。教えてくれてありがとなコクリコ嬢」
「どういたしまして!」
賑やかな声がやけにうるさく感じる。さっきまでもこうだった筈なのにまるであれが全て嘘だったみたいな感覚がやけに胸をざわつかせてくるけれどそれでも目は覚まさないといけないからと無理矢理目をこじ開けてゆっくりと辺りを見渡した。
いつもの景色。いつもの静かな空間。聞こえない誰かの笑い声。風に揺れているカーテンと花瓶に入っている向日葵。何もかもが【今の日常】を現していてとても嫌な気分を覚えてしまいそうだ。
「もしかしてボク倒れちゃってた…?」
「ああ」
恐る恐る聞いてみるとイグニスさんはあからさまに溜め息を吐いて呆れた様子になりながら返事を返してくれた。どうやらさっきまで夢を見ていたらしい。どんな夢だったのかはいまいち思い出せないけれどきっとボクの今を見るに相当心地良い夢を見ていたのだろう。胸が少しだけ軽い気すらしてくるのだから。
「そっか…」
倒れた事できっと心配かけてしまっただろう。隣で話を聞いているコクリコちゃんに関してはまだ幼いのだから泣かせてしまったかもしれない。そう思うととても不甲斐無い気持ちだ。
最深部に関わる者として情けない。
「あのね、テスラおにいちゃん」
不意にコクリコちゃんが口を開く。その表情は柔らかく安心している。不安も何も無い、そんな優しい笑顔を浮かべていた。
「コクリコ知ってるよ。テスラお兄ちゃんすごくすごくがんばってる」
「みんながわらってくれるようにっていつもいっしょうけんめいだもん。だからね」
コクリコちゃんの小さな手が伸びて満天の笑顔がしっかりと向けられやけに眩しいせいでしっかりと直視出来ないけれどその暖かさは手を通しても感じられてどうしようもなく心が痛い。
自分はしっかりするべきなのだ。それが自分の意であり芯。それが【陽景のニコラテスラ】でありそれ以外は自分じゃない。だってそんな姿誰にも見せた事無いから見せ方だって分からないのにどうやって見せたら良いのだろう。今見せた事で起きる分岐の先は平和へ繋がっているのだろうか?
そう考えてしまうと折角の優しい言葉にすら反応は出来なくなり言葉はどんどんと呑み込まれていく。まるでその言葉を聞きたくないとでも思っているかの様な、そんな思考。そんな自分自身にすら嫌悪感を抱いてしまいそうだ。
「だからもっとテスラおにいちゃんの気持ち、教えてほしいな。コクリコたちかぞくにい~っぱい!」
「…」
嗚呼、眩しい。どこまでも眩しくって直視出来なくて。自分が影と化している事に少しだけ笑えてもきてしまいそうなせいで今すぐ足は逃げ出そうと別方向へ向きかけているし呼吸だってまだ息苦しい。なのにこの陽射しに触れたいと思ってしまう。
「ボクは…」
「ボクの気持ちは——」
言わないといけない。本当は苦しい事も、ちゃんと言って見られた位。自分自身を見て、触れて欲しい。
なのに荒くなる呼吸はそれを一切許さずそれどころか邪魔をし続けているせいで少し身を委ねてしまいそうにもなるけれど少しだけ抗いたいなんて思っても良いのだろうか。愛されてしまっても良いだろうか。
そう葛藤していると不意に少しだけ視界が狭まり下へと下がったかと思えば何かを被せられ自身の表情が少し影に落ち見えにくくなり少しだけ顔を上げると帽子を被っていないイグニスさんの姿が見えた事で理解した。どうやら自分の頭に被せられたのはイグニスさんの帽子だったようだ。
「テスラ坊は毎回毎回考え過ぎるんだよ。いつも言ってるだろ、俺達だっている事」
「そうだよ!この前も言われてた!」
「な~」
「ね~!」
顔を見合わせて意気投合する二人はこころなしか少し楽しそうにしておりとても和気あいあいとした雰囲気が流れ続けている。そんな二人がどうしようもなく羨ましくてまた少し言葉を噤んでしまうとまたこちらを向き直した二人にどう映ったのかは分からないけれどボクの表情を見た二人はもう一度顔を見合わせた後にボクの頬を両方から軽く引っ張って伸ばしてきた。
「ひゃにひゅんのさぁ~~」
「いや何となくだが…」
「コクリコはイグニスおじちゃんがやりたそうにしてたからいっしょにやろ!っていしそつー?したの!」
「はなひへ~~~」
まともに喋れないのを良い事に好き勝手言っている二人が先程より楽しそうにするものだからなんとか状況を打破しようとしてみるがやはり動ける気配は無い。それどころかそれすらも楽しまれている気もする。
この状況を内心楽しく思っているから強く出れないけれど今はもうこのままで良い気すらしてきそうだ。日常なんてもうずっと過ごせていない気がするし何よりこの二人が寄り添ってくれていると分かっただけでもとても気が楽になっているからなのかもしれない。それ程理解者がいる事は救いになると知っているからきっと皆手を差し伸べ続けるのだろう。
「ふふっ」
「あ!わらった!」
だから言えない。ただ笑うしか出来ない、本当は弱い自分を隠す。
笑っている皆を見た事実だけで幸せだからって自分を言い聞かせて強欲な自分を覆い隠し、目を覚まさないようにする。
意のままなんて難しいのになんでもやりたがりなボクは初めて意を答えず誤魔化してこれ以上の言葉を拒んだ。もうこれ以上心配させたくないのかそれともただ見せるのが怖いだけなのかすら知る事は無く、今の日常だけに浸り続ける。
それがきっとボクの『意のまま』。『ボクの芯』なのかもしれないのだから。