今から遠き兄弟のある祭の日の話 祭りのために封鎖された道路を2人の少年が歩いている。
「にいちゃんってやっぱ凄いなー!さっきのヨーヨー釣り2個一気に取れたのすごいよ!」
と後方でやや早歩き気味の弟が言う。
「そうでもないよ、流使。1回目失敗していなきゃ、上手くコツは掴めなかったよ」
とその前をゆっくりと歩く兄が微笑みながら後ろの弟へ返す。
「でもおれ、1個も取れなかったよ、にいちゃん」
「1個好きな方あげるよ、流使」
「うーん。いらない。次の祭りの時に2個取る。いや、3個取る!!」
「そうなの?わかった。ぼくも負けないよ」
兄弟はそういうと互いの顔を見て笑う。
しばらく会話がなく歩いていると、兄が弟の方を振り返る。
「流使、それ、家に帰る前に食べたいの?」
「う。なんで気づいたんだよー」
「だって流使、たまにそのりんご飴齧っててぼくから離れるのに気づくと、早歩きで歩くから」
「んー!……だって、我慢できなかったから」
「あはは、じゃあ休める場所を探して、そこで食べちゃお」
兄は、弟をよく気にかけていた。弟が何かを口にせずとも、それを助けるようにすぐ色々なことを提案していた。
「……にいちゃんは食べないの?わたあめ」
「ぼくは家で食べるよ。お父さんやお母さんや流使が食べたいなら、すぐに分けてあげられるから」
そして、兄は弟以外の人も気にかけていた。
誰にでも優しい兄だった。
「おいしかったー」
「食べ切ったね、じゃあ家にかえろ、わっ」
ベンチから立ち上がってすぐ、兄は10歳ほど上の人にぶつかった
「おいガキちゃんと見て歩けよー」
「うっわ、綿菓子踏んで靴ベタベタだわ」
「っふは、マジでやったのかよ、ウケる」
「やろうって言ったのお前じゃん」
「うっせ言うな。おい、友達がお前の持ってた綿菓子で靴汚したぞ。謝れよ」
ぎゃらぎゃらと笑いながら、2人の男がそう言う。
「前をちゃんと確認して歩かなくて、お兄さんの靴を汚してしまってごめんなさい」
「に、にいちゃん」
兄は当然と言った風に謝る。
兄は誰にも優しかったのだ。明確な悪意であっても誰かを不快にさせたと相手が言うのならば、すぐに自分の非を認めるのだ。
「つまんね、泣かねーですぐ謝った」
「っふは、だから一発で上手くいくわけねーって言ったじゃん、ほらさっさと次行こうぜ」
「……ねえ」
ただ、弟はそうではなかった。
頭を下げていた兄の前に出て、2人の男の顔を見上げる。
「おれ、見てたよ。にいちゃんだけじゃなくて、お兄さんたちも前見て歩いてなかったじゃん。わざと綿飴踏んだじゃん。お兄さん達も、にいちゃんに謝ってよ」
弟は誰にでも優しくはなかった。この状況を黙って見過ごすことなどできなかった。
「……は?逆ギレ?ガキのくせに」
「証拠ないじゃん、ほら行こ行こ」
そして何よりも。
「にいちゃんにッ、頼榴にいちゃんに謝れよ!」
弟は兄のことが大好きだった。
弟の叫び声で、周囲の大人たちがどよめく。目の前の男2人は周囲を見回して、一つ舌打ちをついた。
「ッチ、悪かったよ」
「マジになんなよな。行こうぜ」
男2人は去り、大人たちのどよめきが静まり返っていく。
兄は土で汚れ、硬くなった綿菓子を拾った。
「わたあめ、食べれなくなっちゃったね、にいちゃん」
「仕方ないよ。次お祭りがあったらまた買おう」
「……やっぱり、りんご飴食べるの我慢して、家に早く帰ったほうがよかったかも」
何かを悔やむようにそう言った弟の頭を、兄が撫でる。
「いいよ、流使は食べたかったんでしょ?」
それに、と兄は続ける。
「ぼくの代わりに怒ってくれてありがとう。流使」
兄はそう言うとニッカリと歯を見せて笑う。子供らしい、年相応の笑みだった。
『やっぱりにいちゃんの笑顔って素敵だな』。弟は、胸にひっそりとその想いを胸に刻み込む。
祭りのために封鎖された道路を2人の少年が歩いている。
横並びで仲睦まじげに軽やかに歩くその2人の姿は、天使の羽が生えているように見えた。