アイボリーの家のチャイムを鳴らす。
しばらく待つが反応はない。
「いないのか?」
ドアノブに手をかけるとカチャリ、という音と共にドアが開いた。
玄関にはアイボリーのものらしき靴が綺麗に揃えてある。
靴はあるな。
ふといつでも入って寛いでていいよ、と言われていたことを思い出す。
少し遠慮気味に靴を脱ぎ玄関に上がる。
「アイボリー?」
綺麗に片付けられているリビングにはヒトの気配がまるでない。
一応連絡を入れておくか。
イカフォンでアプリを開きアイボリーにメッセージを送る。
『お邪魔してるぞアイボリー』
『ああ、ロゼちゃんきてたんだ。すぐ戻るから少し待っててね?』
わりと早く返ってきた返信にOKのスタンプで返しぼうっと部屋を見る。
モデルルームのような無駄のない部屋に私のプレゼントしたものだけが飾ってあり何だか少し浮いているように感じる。
アイボリーの部屋ってあまり生活感がないんだよな。
「……ん?」
ふとリビングの奥のドアが少しだけ空いていることに気づいた。
開けっ放しなんて珍しいな。
悪いと思いながらもついそっと覗く。
そこには捲れた絨毯から覗く、地下へと続いていそうな階段。
「なんだこれ……」
ついごくりと息を呑む。
「……勝手に入っちゃ、だめだよな……うん、だめ……」
こんな時に好奇心がざわめいてしまうのは悪い癖だ。
しかしどうしてこんな地下が。
ただの貯蔵庫、かもしれないが。
「ごめんなアイボリー」
そっと呟き階段に足を踏み入れる。
よくないとはわかっているのだがつい冒険みたいでわくわくしてしまう。
階段を、歩くたびに暗かった先の明かりが自動でついていく。
「わあ!」
降りた先にあったのは研究室のような場所だった。
きょろきょろと見回す。
ビーカーに入れられ並ぶ謎の液体、机に置かれた謎の装置、たくさん並ぶ謎のレバー。
どれも私の好奇心を刺激する。
少し手を伸ばし、引っ込める……いや、さすがにだめだろう。
そう自制しつつも机においてある謎の装置をそっと覗き込む。
「勝手に入ってくるなんて、悪い子だなぁ」
「っきゃあ!?」
突如耳元から聞こえた聞き馴染みのある声に驚いてびくりと身体が跳ねた。
いつの間にか後ろにアイボリーが立っていたようだ。
「あ、ああ、アイボリー!」
振り向くとアイボリーはいつも通りの笑顔を浮かべている。
あまりに驚いて腰が抜けてしまった。
「ロゼちゃん、大丈夫?」
「う、うん……ごめん」
アイボリーの差し出した手を取り遠慮気味にあたりを見回す。
「ふふ、気になる?」
「……うん」
「ここはちょっとした俺の研究施設だよ。驚いた?」
「まさかアイボリーの家の地下にこんな施設があるなんて」
再び机の上に置かれた謎の装置に好奇心の視線を向ける。
「それ、なんだと思う?」
アイボリーが装置を見る私を後ろから覗き込む。
耳元で話すので息があたってくすぐったい。
「うーん……」
色んな角度から見回して見るがまるで見当がつきそうにない。
「わからないな。なんなんだこれ?」
「これはね、消毒する装置」
アイボリーが装置を手に取り私の手に渡す。
それを色んな角度から確認してみる。
「しょうどく……?」
「そう。消毒。俺なりに改造はしてあるんだけど。
………まあロゼちゃんには必要ないものだよ。
その白い肌を青くするのは勿体ないからね」
アイボリーがなぞる様に私の頬に触れる。
少しくすぐったい。
「んっ……その消毒とかいうのをすると肌が青くなるのか?」
「肌はまあおまけみたいなもん。
いわば洗脳装置、みたいな?」
「せんのう!?」
アイボリーの言葉にびっくりして装置を落としそうになり慌てて抱きかかえる。
危ない。
何故こんなものを……。
少し怯えながら慎重に机に置く私の姿を見てアイボリーはくすくすと笑っている。
「そそ、そっちの機械は……?」
話題を変えようと近くの別の機械を指さす。
「こっちはね、記憶を改ざんする機械」
「記憶を改ざん……?」
「そう。記憶を消したり入れ替えたり……」
「アイボリー……もしかしてお前、悪いやつなのか?」
表情を確認しようと振り向くとアイボリーと机との間に閉じ込められていることに気づく。
アイボリーの顔が近いが表情は相変わらず読めない。
「……ロゼちゃんがここにくるのは6回目だね」
「っ……ろっ、かい?」
緊張で喉から言葉が出づらくなる。
いつもの笑顔が何だか怖く感じる。
「っあはは」
「……わっ」
突然声を上げて笑い出したアイボリーが私の腕を引くとそのままバランスを崩しアイボリーの胸に倒れ込んでしまう。
「……冗談だよ。これもそれもただのおもちゃ。何の機械でもないよ」
「じょ、冗談なのかびっくりした」
私の心臓の鼓動はまだ収まらない。
「……上に行こうか。2人で食べようと思ってケーキを買ってあるんだ」
緊張を残しながら差し出されたアイボリーの手を取る。
最近、少し気になっていたことがある。
「なあ、アイボリー」
「ん?」
渇いた喉で、声を絞り出す。
「私な、思い出せないんだ……。
アイボリーとどんな風に付き合ったのか」
付き合っているというのもわかる。
アイボリーを好きな気持ちも本物だと思う。
だけど、付き合った日のことはなぜだかずっと靄がかかっている。
「ねえ、ロゼちゃんはさ……どんな風だったら嬉しい?」
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彼女は少し俯いた後息を吸い込み、そのまま深呼吸すると勢いよく顔を上げた。
先ほどまでの怯えたような顔は何だったのだろう。
いつだって彼女のこういう所が……
紫色のゲソが揺れ、覚悟を決めたような強く輝く赤い瞳が俺を捕らえる。
感情が揺れる。強い瞳に胸が高鳴る。
歪みそうな口元を一瞬手で覆い隠し普段と同じ表情を作る。
「どんな風だってかまわない。
私は何をされていたってアイボリーが好きなのは変わらない。
本当のことを教えてくれないか?」