🥷+🐙「どっこ行ったんや、あのタコ!」
しん、と静まり返った敵の拠点。高く壁の聳えるだだっ広い廊下を慌てて駆け戻りながら、叢雲は口の中で小さく悪態をついた。
今日の任務は簡単な潜入任務のはずだった。隠密のいろはを教えるために先達である自分と小柳が不慣れな星導と伊波をそれぞれ先導しよう、と決める余裕まであるくらい。
ぴったりぼくの後ろをついてこいよ、はぐれそうになったらバレてでもいいから声を上げろよ、としっかり言い含めたはずの星導が忽然と消えてしまったことに気付いたのは、小柳らと別れてから十分も経っていないような時分だった。
はぐれてからそう時間は経っていないのだから離れたところにはいないはず。そう思って意識を集中してもそれらしき物音は聞こえない。気配の殺し方ひとつろくに知らないような素人の痕跡なんて、叢雲の技術にかかれば三秒もせず発見できるはずなのに、だ。
好奇心旺盛で気まぐれな彼は放っておくと何をしでかすかわからない。叢雲が星導とつるむようになって、唯一学んだことだった。はあ、と諦めの混じった息を漏らす。伊波に渡された通信機を起動しようとした時、ふと、かすかな声が聞こえた。
見回せば、近くにある小部屋の扉が細く、細く開いていた。まるで叢雲をおびき寄せるようなそれにピク、と体が固くなる。声は間違いなくそこから聞こえてくるようで、おまけに聞き覚えのある低い男の声をしていた。
「あいつ……」
まさか、と思いながら扉を開く。手入れされているのか、扉は軋む音もなくする、と開いた。手応えの無さがいっそ不気味だった。
小部屋は部屋の外から想像できる通り狭くて小さな部屋だった。机と椅子をふたつみっつ置いたらすぐにいっぱいになってしまうだろう。しかし今部屋の中はからっぽのがらんどうで、ただ壁に掛けられた一枚の絵画だけが異様な雰囲気を醸し出していた。
何もない部屋の中、壁を覆い隠すような大きな絵。その中に描かれていたのは、よく身知った一人の男の姿だった。
「あ、カゲツ。気付いてくれたんですね、良かった〜」
「は?」
絵画の中で星導がへらへらとした笑顔でひらひらと手を振っていた。その様子は至っていつも通りで緊迫感などは感じられない。叢雲は自分の頭の中がハテナで埋め尽くされていくのを他人事のように感じていた。
絵は豪奢な額縁に入れられた大きなもので、叢雲の背の丈のおおよそ倍くらいはあるだろう。背景は真っさらで自由に動き回っている星導以外は何も描かれていない。額縁とは正反対の殺風景さがどこか物悲しさを生み出していた。
部屋の中も絵に負けず劣らず何もなくて、もちろん鏡やプロジェクターなんかが隠されている様子もない。ざっくりとそれを確認した叢雲は、混乱する頭を抱えながら絵の中の星導と向かい合った。
「……どういうこと?」
「なんか閉じ込められちゃったみたいで」
素敵ですね、とケラケラ笑う彼に、叢雲はクラクラと気が遠くなっていくのを感じた。