些細で邪な楽しみ「…おはよう、モズ…。」
目覚めの音はひどく優しく、私の鼓膜を揺らした。反応を返してやらないと何度でも私に声をかけ、しまいには揺り起こすだろう。非番ならばそうはならないところだが、残念ながら今日も任務が控えている。黙っていたって揺り起こされるのは時間の問題だ。
「ん……おはよう……。」
声のする方へ寝返りを打つ。感覚が少しずつ現実に帰ってくると、最初に自覚したのは頬を撫でる冷気だった。そのそよ風を冷たいと感じる理由は、季節柄だけではない。やけに頭がぼうっとするのもそのせいだ。ぼやけた視界に映る王子様は、昨夜の疲労なんて全く意に介さない笑顔でもう一度おはようと笑う。
「身体は辛くないかい?準備をするにはまだ早い時間だから…もう少し寝ていても大丈夫だよ。」
「……そう…じゃあ……。」
目を覚ましたとはいえまだ半身をベッドに埋めている王子様に覆い被さる。
「へっ!?えっ…モズ…!?」
「…時間、あるんでしょ…?」
「そう…だけど……。」
丸くなるブルーグレーの瞳。白い肌には昨夜私が残した赤い痕がぽつりぽつりと咲いている。
「…足りなかった?」
「…………。」
理不尽に強請っても、気を悪くするどころか愛おしそうに笑うのだから…本当に変わっている。
「……モズに求めてもらえるなんて嬉しいよ…。でも……今日の任務が終わるまで…待ってもらえるかな?」
「…へぇ…?焦らすんだ…?」
「そんなつもりはないんだけどね…。許されるなら…モズとの時間は……何も気にせず…モズだけを見ていたいんだ…。」
私の頬を撫で、心底愛おしそうに笑う。いつもは嘘吐き王子様のくせに、今だけは本当に真摯に見えて…。
「…だから……今はこれで我慢してね…?」
頬を撫でていた手はそのままに、唇に柔らかい感触が押しつけられる。ゆっくりと満足げに開かれたブルーグレーの瞳は、ほんの少しだけ邪な気持ちが隠されているような気がした。
私達はこれから、何事も無かったみたいに任務に出る。こんな守っても仕方ないとすら思える世界の為に戦うんだ。…こんな楽しみくらい、あったっていいだろう…?