明晰夢と愛 夢を見ていた。朝のラッシュ時が過ぎ束の間の休息に事務所で机に俺は突っ伏して仮眠をとっていた。
夢の中にすらあいつ、小田原は現れていた。なんでこんなところにいるんだと困惑していたが夢の中の小田原はひどく優しく手を取って、「今更遅いかもしれないが、伝えたいことがあって」と宣う。
なんだ、と思ったが夢の中ならば小田原の勝手にさせておくかと思い夢の中の俺は「何が今更なんだ」と応える。
「俺はお前が欲しい、愛してるというのがぴったりくる言葉だろうか。こんなこと多摩がいる前で言えるわけないし、長く付き合ってきた分もう受け入れてくれるかもわからないが」
夢の中の俺は固まってしまった。俺だって本線格たるお前の背中を追ってここまでやってきた。何かしらの形の愛はあるつもりだ。しかしこの小田原の俺のことが欲しいや、愛してるがどんなつもりかわからずにいる。
「欲しいっつったって、俺たち同じ社だし、その愛してるも兄弟愛みたいなもんだろ?」とすげない言葉で返してしまう。
「違うんだ江ノ島、その、恋人みたいに寄り添って欲しい...というか」
普段あまり見せない言い淀みつつハッキリしない態度に夢だからか違和感を覚えた。
「...いつからそう思ってたんだ」
「わからない、気付いたときには遅すぎるんじゃないかと逡巡したが、お前を手放したくない気持ちが日毎大きくなって」
そう夢の中の小田原は答えて少し俯いた。
「俺はわかってんだ、これは夢だって。白昼夢の中で愛を伝えられても起きたときの俺の気持ちも考えてくれよ」
本当にそうだ。浅い眠りのせいかこれは明晰夢だと最初から感じていた。だからこの小田原は俺の中にいる都合のいい小田原の姿をした夢が作った虚像だ。
「俺はこれが夢だってわかってる。現実のあいつはこんなこと思いもしてないだろ、長い付き合いの中で、兄弟みたいな俺に、そんな想い抱くわけない」
俺は俺に言い聞かせるように応えた。
「じゃあ今から叩き起こすから、本当かどうか確かめるか?」
そんな無茶なことを夢の中の小田原は言う。
「あぁ?出来るもんならやってみろよ、俺はこの思いが成就しないと踏んでるがな」
「そうか、可哀想な江ノ島...起きて俺に会ったら訊いてみるといい」
そう言いながら夢が作った小田原は俺の頬をつねった。ともすればうっすら意識が戻り目が覚めた。15分ぐらいは寝てたような気がする...と思って時計の方を見るや否やそこに立ってたのは小田原だった。
「よく寝てたな、俺がここに来たら寝てたから15分ちょっとは寝てたんじゃないのか?」
「...俺もそう思ってた」
「さて江ノ島、俺に訊きたいことは?」
は?と思った。今までの夢の中の応酬は本当だったのか?と思い、それでも口をついた言葉は、「お前は俺をなんだと思ってんだ」だった。
完全に夢の中の小田原の思う壺だと思ったがあまりにも夢らしくない夢だったから、そう訊くしかなかった。
「俺が思った限り、愛してる、とでも言って欲しいのか?」
俺は面食らった。夢の中の小田原はここにいる現実の小田原とほとんど同じことを言っている。
「お前わかりやすいんだよ、昔からそうだろ。俺の後ついてきたり、ずっとべったりだった」
「...でも今は違うだろ」
「少しは変わったが、本質は変わらないな」
何が目的かわからないまま話は進む。寝てる間に見た小田原と今目の前にいる小田原に違いは存在するのかとまで思った。
「言っただろ、今は誰もいないから言わせてもらうが。俺はお前を愛してるよ、多摩がいたらややこしいことになりそうだがな」
「そんなこと軽く言うもんじゃない、明晰夢を見たんだ。夢の中でもお前はほとんど同じことを言っていた」
「じゃあお前も俺のことが好きか?」
「...好きじゃなきゃお前の気まぐれに付き合わねーよ」
混乱はしていた。しかし同時に冷静でもあった。仕事中なのに俺の思考の中に入り込んできて俺が隠し通そうとした思いを引っ張り出してきて。
「好きだ、江ノ島」
そう言いつつパイプ椅子に座ったままの俺を抱きしめた。
「お前のことだから浮気も覚悟の上だ」
「酷いことを言うな、俺はロマンスの権化だぞ」
「ロマンスにも種類があるだろ、不倫旅行とか」
「そんな邪なロマンスをお前に捧げるわけないだろ、な」
そう言って小田原は俺の指を自身の指と絡ませた。
「面倒だから多摩にはしばらく内緒な」
「あいつ変なところで目敏いからすぐにバレそうだがな」
「ふ、そのときは見せつければいいさ」
そう言いながら小田原はふわっと俺の唇を奪った。
「俺の一生をお前に捧げるさ」
愛を伝えてなお飄々とした小田原に悔しささえ感じたが惚れた弱みで何も言い返すことは出来なかった。