お熱出しがちなお兄さんのおはなしぼくの双子の兄、ノボリはみんなに冷静で大人しそうだと言われてるけど、実はものすっごく情熱的で、いろんなことに感動をしちゃう性格をしているんだよ。
ぼくも似たところはあるけれど、ノボリのそれは体にまで影響がでちゃうくらいすっごい。
大好きなものを買ってもらった日。
家族と楽しい旅行に行く日。
初めてポケモンを捕まえに行った日…
そんなステキな日には、よく熱とか出しちゃってたんだ。
あ、「体が弱い」と言ったらノボリは落ち込むから言わないであげて!
ノボリはね、ちょっと人より嬉しいことや楽しいことにワクワクし過ぎちゃうだけなんだ。
具合が悪くなっても、しばらく横になってたら元気になるから心配しないでほしい。
ぼくもついているんだしね。
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「1時間くらい休めば落ち着くと思います」
掃除の行き届いた天井とシーリングファン、そして自分の顔を覗き込む可愛いポケモンたちと双子の弟を見上げながらノボリは言う。
サブウェイマスターとして数多のトレーナー達に楽しく刺激的な戦いを日々提供している彼らも、当然ながらゆったりと休暇を過ごすときもある。
今回は少し長めに、また少し贅沢をした観光地への滞在をする運びとなったのだが…
「解熱剤、飲んでいたのにね」
「申し訳ありません…」
「気にしてない、それにノボリはそれだけ今日を楽しみにしてたってことだからね」
クダリはホテルに着いて早々にベッドで横になった兄に、批難するでも落胆するでもない声色でそう言ってのける。
ノボリはそれでも申し訳ない気持ちを抱いていたが『よう兄弟、俺がいるんだから大船に乗ったつもりでいな!』とずいぶん昔に見た映画の登場人物の真似をしつつ、冷却シートを額に貼り付けてくるクダリに甘えさせてもらうことにした。
幼い頃よりノボリは今日のような楽しい非日常を迎える際には発熱をしてしまう癖があった。
体が極端に弱いというわけではないが、高揚に体がついていけないときがある。
このことでかつては涙をのむこともあれば、意地でも遊びに参加して大人たちを不安がらせたり、極稀だが倒れたり鼻血を出すなど目に見える異常で騒動を起こしたこともあった。
今回の旅行では間違いなく件の発熱が来ると思い、予め解熱剤を飲み万全の備えをしていたのだがそれでも抑えきれず現在の状況に至る。
もらった冷却シートと、シングルにしては少し広く清潔感のある香りがするベッドのおかげで回復は早そうだとノボリは目を閉じながら思う。
少しばかり眠気を感じ始めたとき「おしまい!」の声と同時にすぐ隣にボブンと大きな衝撃。
わずかだが一瞬、体が跳んだノボリは「おおぅっ?!」と素っ頓狂な声を上げる。
「なんなんですか!」
「あのね、荷物を出すの終わった、少し休憩する」
「休むなら自分のベッドで寝なさいな…」
「んーふふふふ!」
ノボリのすぐ隣に飛びこんできたクダリは甘えるような声で笑い、そのまま目をつむってしまった。
グイグイ頭を押しやってみたが、穏やかな表情に反してベッドに固定されるようにほとんど動かない。
思い思いに過ごし始めていたポケモンたちも、なんだなんだ面白そうだぞと野郎二人がゴロゴロしてるベッドに集まりだす。
クダリはノボリが弱るとき、あえて子供っぽく振る舞うことが多い。
しっかりサポートをするが、それと同時に自分たちは対等であるとわざとみっともないところを晒してみせるのだ。
そういった足並みをそろえようとするクダリの意図をノボリはよくわかっていた。
おそらく逆の立場であったら自分も似たような事をしていただろう。
もっとも、ここまで強引な手は使わないが…
ほとんど形だけの抗議をし、早々に相方をベッドから追い出すのを諦める。
隣の、本来であればクダリが使用するはずのベッドを見れば、ドリュウズとデンチュラがそこを占拠しはじめ昼寝モードに移行している。
頭上を見ればシャンデラが美しい炎を輝かせ回転を始める。赤子をあやす玩具のように双子を甘やかしているつもりだろうか…もしかすると単に普段見ることのないシーリングファンの真似をしているだけかもしれない。
足元も誰かがベッドにもたれかかる揺れを感じ、周囲からくつろぐ音が聞こえ始める。
ノボリは周囲の穏やかな呼吸とすぐ側の体温を、なんだかんだ嫌えない自分に呆れ深いため息をついたのち、再び目を閉じて回復に集中することにした。
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「…ルームサービスでもとる?」
「…できたら最初の食事は外で食べたかったんですけどね」
「この時間、バーならやってるんじゃないかな?」
「曲がりなりにもわたくし、病み上がりなんですが…」
「飲まないで料理だけ頼んじゃおう」
「食事に適したものがありますかねえ…」
可愛いポケモンたちは、すっかり寝過ごし真っ暗になった窓の外を見る主人を尻目に、持ってきていたフードを各々うまそうに食べていた。