無い記憶封を切る前から、それが誰からの手紙なのかは分かっていた。
ホテルの部屋の机に置かれたそれは、見覚えのある筆跡で、私の名を綴っていた。滞在先を知っていたということは、すでに私の動向は把握されていたのだろう。ため息をひとつ吐き、私は封を開けた。
『久しぶりだな』
最初の一文だけで、当時の記憶が鮮明に蘇る。
『兄貴に聞いたよ。お前がフォルテヴィータに帰ってくると』
その続きはすぐには読めなかった。私は手紙を置き、ゆっくりと椅子に身を預ける。カーテンの隙間から入り込む西陽が、机の上の紙を照らしていた。二十年。私にとっては人生の半分近くを占めるほどの長い時間だった。上辺は統一された良い街だった。薄暗い横道を覗かなければ、素晴らしい街だった。それから、二十年。なにか変わったのだろうか。恐らく何も変わってはいない。いや、変わるはずがない。フォルテヴィータは、あまりにも強固な秩序の中で息をしていた。が去った後も、それは変わらず、サロモーネ家が街を守り続けていたのだろう。
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