ある寒い日「寒いねぇ」
本日何度目になるか分からない一言を龍之介が溢す。俺も自身の両手を擦りながら無言で頷いた。
2月下旬。春が近付いているとはいえ、まだまだ油断できない。真冬並みの寒さを迎えた今日、俺と龍之介はラジオのゲストに呼ばれ、今はその収録が終わったところだ。
スタジオの1階へ降りるエレベーターを待っているのだが、暖房の効きが良くないのか待機場所はどことなく肌寒い。
寒がりな龍之介はマフラーに口元を埋めたり両手をコートのポケットにしまったり、またすぐに手を取り出してハァと息をかけて温めたりと忙しない。
「虎於くん寒くない?」
「寒いよ。手袋を持ってこなかったのは失敗だったな」
「俺も同じ。服ももっと暖かいのにすればよかった」
悲しそうにため息をつく龍之介に何か言葉を返してやろうとした丁度その時、エレベーターがやってきて目の前の扉が開いた。
2人して足早に乗り込むが、その中も全く暖かくない。エコや何かであえて低く設定しているのか、はたまた機器の故障か。思考を巡らせても寒いことに変わりはなく、俺は諦めて「閉」を押した。
8階から1階へ向かうエレベーター。1階にはそれぞれのマネージャーが待機しているはずだ。彼らは打ち合わせのために少しの間だけ別行動をしていたが、「終わって出口付近にいる」と既に連絡をもらっている。
「寒いねぇ」
龍之介がまた同じ言葉を呟きながら、ごく自然に身体を寄せてきた。お互いコートを着ているので肌が触れ合う感触はないけれど、分厚い布越しに寄りかかるような重みを感じる右腕が愛しい。俺は緊張を悟られないように視線を逸らしつつ、手持ち無沙汰な自身の両手をポケットに入れた。それで何を誤魔化せるわけでもないと分かっていたけれど、そうしないと平静を保てない気がした。
エレベーターのランプが「5」を指す。
龍之介が、身体を寄せているほうの俺の腕を上向きに引っ張る。俺の手はポケットから強引に解放され、冷たい空気に晒される。
「おい、なんだよ急に」
そう言い終わるより先に、その手が温かいものに掴まれた。俺の手を握った龍之介は、お互いのコートでそれを隠すようにもっと腕同士をくっ付けて、イタズラが成功したような顔で笑った。
「虎於くんの手、冷たいなぁ」
俺の方が体温が低いのだろう。寒がっている龍之介を暖めてやれないことがひどく寂しかったが、このまま触れていればきっとすぐに2人の体温は同じになると気付いてホッと息をついた。
どちらともなく、握る手に力を込める。
「あったかいね」
「ああ、あったかい」
ランプが「1」を指すまでのほんのひと時、このぬくもりがいつまでも消えなければいいのにと強く願った。