透明人間透明人間になった。
自由に外を歩き回って無銭で諸々を楽しんだり、なんて気持ちには一切ならなかった。周りの誰にも気付いてもらえず、声も届かず、触れることも叶わない。
世界にたった一人きり。
そんな気持ちになって、何処にも行けず立ち尽くすしかない。
助けてくれ。
口にすることが無意味だと分かるから、口を開いても声を出せない。届かないことを再確認して虚しい気持ちになることは明確だ。わざわざそんなことをする勇気はない。
助けてくれ。
それでも心の中では何度も何度も叫んでいる。
助けてくれ。
これは罰だろうか。過去に犯したあらゆる罪が脳裏を駆け巡る。
これは罰だろうか。自分の手で傷付けたたくさんの人間の顔が浮かぶ。
これは罰だろうか。
少し先に龍之介の姿が見えた。こちらに背を向けて立っている。
これは罰だろうか。彼を陥れて、大切なものを台無しにした、罰だろうか。
助けてくれ。
言えるはずがない。
涙が溢れた。
彼は振り返らない。
助けてくれ。
「…たすけて、くれ…」
掠れた声が喉から漏れ出る。誰にも届かないのに、それでも、手を伸ばすことをやめられない。あの人にだけは、どうしても、見限られたくない。
龍之介が振り返る。驚いた顔で、真っ直ぐに俺を見た。
「虎於くん」
名前を呼ばれる。駆け寄る彼の姿が涙で滲む。伸ばした手をしっかりと掴んで、もう一度、ハッキリと。
「虎於くん!」
*
「虎於くん、虎於くん!大丈夫?」
身体を揺すられてハッと目を覚ます。ぼやけた視界をどうにか開くと、心配そうな顔の龍之介が居た。
ああ、夢か。
「うなされてたから起こしちゃった。ごめんね」
「いや、助かった……。ありがとう」
繋がれた手を強く握り返して、龍之介の胸元に顔を埋めた。温かい。
「虎於くん、怖い夢見たの?」
「……怖い、夢だった」
「そっか。もう大丈夫だから、安心して」
「うん……」
頭を撫でられる。本当にもう大丈夫なのだと分かって、強張った身体から力が抜けていく。
「虎於くん」
「ん?」
「俺は」
俺だけは、と言い直して、龍之介は俺の身体を強く抱き締めた。
「君の手をずっと離さないからね」
この人なら、透明になった俺のこともきっと見つけてくれるのだろう。
夢の中の自分に「安心しろよ」と心の中で声をかけながら、大きくて優しい龍之介の背に腕を回し、強く強く抱き締めた。