🐯誕2024自分の中身が空っぽだと気付いた時、地に足が付かない感覚を味わった。俺がこれまで見てきたものは、聞いてきた言葉は、与えられてきた幸福は、歩いてきた人生は、一体なんだったのだと。
無意味だったとは言わない。楽しいことも嬉しいこともあった。それでも、他人を傷付けて蹴落としてのし上がろうとした事実を突き付けられてしまえば、これが俺の人生の末路だったのだと嫌でも思い知らされる。
何のために生きてきたのだろう。
鼻で笑われてしまいそうな疑問が脳裏に過ぎる。
なぜ生まれてきたのだろう。
答えのない問いを捨て去る勇気がない。
大丈夫だ。今の俺には居場所がある。なりたい姿も、助けたい人達も、愛する人も、幸せを感じられる要素が周りにたくさんある。
大丈夫だ。
大丈夫なのに。
3月14日、夜。ベッドの上で横になり、布団を掛けるでもなく、電気を消すでもなく、ただぼんやりとしている。
間もなく日付が変わろうとするその時間に、俺はとてつもないマイナス思考に脳を支配されていた。世界を知って、人を知って、その結果見えた自分の本質と日々向き合う中で、時々どうしても耐えられなくなる。犯した罪が裁かれることなく背にのしかかっていることを、俺はいつまでも理解し続けなければならない。それでいい。そうしたい。だけど苦しいのもまた事実だった。
もうすぐ迎える誕生日を、手放しに喜べる気分ではなかった。生まれてきたこと、生きていくことと向き合わなければならない。全部捨てて終わりにしたらどれだけ楽だろう。そんなことは許されないし、したくもないけれど。
デジタル時計に0が並ぶ。ああ、また一つ歳を取った。
スマートフォンが何度か光る。ラビチャの通知だろう。日付が変わると同時に律儀に送ってくれた奴らがいるんだ。ありがたい限りだな。
何となくそれを確認することも躊躇われるような心持ちでいると、今度は着信音が鳴り出す。驚いて画面を見ると、龍之介だった。
一気に緊張が走る。だらけて寝そべっていた身体を勢い良く起こし、ベッドの上で正座をして深呼吸。震える指先で、通話ボタンを押した。
『もしもし』
電話越しに恋人の声が聞こえる。緊張はそのままに、嬉しさと安心感でホッと息を吐いた。
『ごめんね遅い時間に』
「いや、構わない」
『虎於くん、お誕生日おめでとう』
もちろん用件は分かっていた。仕事の都合でこの時間を一緒に過ごすことは出来ないけれど、どうしても1番にお祝いがしたいと話していたのを知っていた。
「ありがとう」
『今度改めてちゃんとお祝いするからね』
「ああ、楽しみにしてる」
高揚感でどうも落ち着かず、正座を解いて体育座りに変えながら龍之介の声に耳を傾けていると、少し間があってから怪訝そうな声が返ってきた。
『虎於くん、なんか元気ない?』
「えっ」
狼狽えてしまった。情けない。大丈夫だと笑って返さなきゃいけなかったのに。
今更繕っても龍之介にはバレてしまうと分かるから、俺は何も言わずに黙ることしかできなかった。
しばらく俺の言葉を待ってくれていた龍之介は、俺から何も出てこないと知ると「あのね」と口を開く。
「俺は君の誕生日祝いを早くしたいし、声聞いたら会いたくなっちゃったし、なんなら今日…もう昨日か、一日中ずっと虎於くんのこと考えて過ごしてたんだよ」
「な、なんだよそれ」
「君に会えてよかった。生まれてきてくれてありがとう」
紡がれた言葉達は、少しの躊躇いもなく俺の心に沁みていった。謙遜も卑下も必要ないと、彼の優しい声色が暗に伝えてくれていた。
「生まれた意味も、生きていく意味も、俺と一緒にいれば見つけられるよ。大丈夫」
「……あんたは、エスパーなのか」
「はは、そうかも。考えてること当たってた?」
「ああ」
「それならよかった!虎於くんには幸せでいてほしいから」
満足そうな笑い声がして、俺もつられて笑う。幸せだ。きっと、もう大丈夫。
「龍之介」
「うん?」
「ありがとう」
緊張はいつの間にか解れていた。今夜は穏やかに眠れるだろうと思うと、心の底から安心した。
電話越しの嬉しそうな「どういたしまして」の直後、欠伸を噛み殺すような声がする。それにつられて俺の瞼も重くなっていく感覚がする。もうこんな遅い時間だ。眠たくなっても仕方ない。
まだ話していたいと二人して駄々をこね、じゃあ先に寝てしまったほうが負けだと冗談混じりで決め、電気を消して横になり、そして、気付いた時には夢の中にいた。
姿を目にするたびに自分の罪と向き合うことになる、それでも共に居たいと互いに想いを寄せ合った、大切な恋人。龍之介と一緒に、前を向いて生きていこう。
どうかこの一年が、この夜のように、優しく幸せな日々であるようにと、願った。