桜八乙女楽が桜の木の下で儚げな表情を浮かべる。
それはもう奇跡のような美しさだと、容易に想像できるだろう。俺は今まさにそれを目の当たりにしている。言葉にできないこの心境をどうか察してくれ。もはや現実かどうかも怪しい。それくらい絵になる。
今日は雑誌の撮影で、春号ということで桜をテーマに外ロケだ。グループの垣根を越えて、メンバーをシャッフルして何回かに分けて担当するということらしい。俺が八乙女と同じ回を担当するわけなのだが、どうにもソワソワする。
八乙女のソロショットから撮影が始まり当然の如く見学しているのだが、え、俺、これの次に写るの?そして同じページに載る?正気とは思えない。
八乙女の後に俺のソロ撮影も終了し、今は休憩時間。次はツーショットを撮ることになっている。俺のソロ撮影はどうにも酷く緊張してしまい、いろんなパターンを試してどうにかOKが出たという具合だった。自分に桜が似合うなんて微塵も思えず、八乙女と肩を並べることを考えて尚更焦ってしまった。プロ失格だと思いつつ、仕方ないとも思ってしまう。無理だろ、あんな綺麗なもの見た後で自信満々に撮影なんて。
「狗丸、お疲れ」
八乙女がペットボトルの水を軽く掲げてこちらへ歩み寄ってきた。俺も同じようにペットボトルを顔の高さまで上げると、乾杯するように軽くボトルをぶつけられる。思わず笑うと、それを見て八乙女も楽しそうに微笑んだ。
「狗丸のさっきのソロ、すげぇ良かったよ。この後も楽しみだな」
「え、あ、そっすか…どうも」
「なんだその煮え切らない返事」
「いや、俺より八乙女のほうがすごかったから」
モゴモゴと言い訳じみたことを口にすると、八乙女は「そうか?」と明るく返してくる。
「お互い良かったってことは、ツーショットは更に良くなるってことだな!」
どんな感じになるかな、なんて愉快そうに思案しながら水を口にする横顔を見て、ああやっぱり綺麗な人だなとしみじみ思う。
その時、少し強めの風が吹いた。二人して桜吹雪に見舞われる。
乱れた髪を整えながらもう一度八乙女の横顔を見る。前髪をかき分けながら「おおー」と桜を眺めるその瞳が、白い肌が、美しい髪が、酷く脆いもののように見えた。
桜に攫われてしまうかもしれない。
無意識にそんなことを感じ、思わず彼の肩を掴む。
八乙女は驚いた表情でこちらを振り返り、それからいつもの勝気な笑みを浮かべた。
「安心しろよ、何処へも行かせない」
そんなことを言いながら八乙女は俺の手首を優しく取った。何処へも行かせない?なんで俺が何処か行くことになってんだ。逆だろ。そう思ってすぐ、いや、本当の八乙女楽はそういう男なのだと思い直す。
桜に攫われてしまうようなヤワな男じゃない。誰かが何処かへ連れて行かれそうになっても、その手を掴んで引き戻してくれるような、そんな強い人だ。
「カッコいいな」
自然と口に出たのは、そんな当たり前の言葉。
八乙女は照れるでも謙遜するでもなく、ただ自信に満ちた笑みで、全部丸ごと受け止めてくれる。
「おう、サンキュ」
掴まれた手首は放されない。
このまま手を繋いでくれたらいいのにと、ほんの一瞬だけ考えて、慌ててかき消した。