龍「やっぱりトールマンたちはさ、歌や踊りが好きだよな。」
エールを片手に、ほろ酔いのナマリが言った。
眺める先には、旅の詩人がリュートを片手に朗々と歌い、連れの踊り子がカーネーションのようなスカートを翻して踊っている。
トトン、トン、トトン、トン 音楽のリズムに合わせて、ナマリの太い指が机を叩く。
テンポの早いステップに赤いスカートが翻り、腕輪や首飾りがシャンシャンと鈴の音を立てる。
若い踊り子は、ウェーブのかかった黒髪を靡かせて踊る。
ダンダン!と、足を踏み鳴らし、曲は終わった。
酒で気分が大きくなった酒場の客の中には、チップをやるものもいた。
「素敵だったね!」
マルシルが拍手をする。
「なぁ、トールマンたち、お前たちは踊らないのか?」
ナマリがニヤニヤと笑うように言った。
「私も兄さんも、踊りは苦手だから……」
と、ファリンがはにかむように答える。
ライオスも苦笑していたが、ハッと気づくと、もう1人のトールマン シュロー へ、期待の眼差しを送った。
「なぁ、シュローはどうなんだ?
東方の踊りを踊れるのか?どんな踊りなんだ?」
話を振られて、シュローはビクッと肩をすくめた。
「俺も、そこまで上手くない……
教養の一環として齧った事はあるが、人前で見せられるレベルではない。
何より、こちらの踊りよりも、テンポがゆったりしているし、唄もワの言葉で分からないだろうから、退屈だと思う。」
「ええー……」
しょんぼりと残念がるライオスだったが、話題はやがて、どの冒険者の歌がうまいだの、声がいいだのという話から、人間を誘う魔物の唄の話になり、やがてライオスは忘れてしまった。
盛り上がるうちに夜が更けて、宴はお開きになった。
自室に戻ったライオスは、簡単に装備を点検し、さぁ、寝よう、と、ベッドに横たわった。その時、中庭に面した窓からコン、と音がした。
「ん?なんだろう?
あれ?シュローじゃないか?」
中庭にいたのは、シュローだった。
口に指を当てて、静かに、というジェスチャーをしたシュローは、いつもと違っていた。
鎧を脱ぎ、いつも手甲でまとめている袖や袴をふわりと広げた彼は、月明かりの中で天女が降り立ったようだった。
扇を広げひらりとこちらに合図を送ったシュローは、静かに膝をつく。
不思議な発声で、シュローが歌い始めた。
地を這うように低く始まり、うねるような、祈るような歌声は、なぜか離れたライオスの耳にもはっきり聞こえた。
シュローが立ち上がり、舞う。
腕を大きく振ると、袖が翻り、扇が月の光を反射する。滑るように歩き、くるりと回ると、裾がドレスのように広がった。何かを切るような動きの後、ダンダン、と、足を踏みならす。
踊りというより、何か儀式のようなその舞を、ライオスは夢を見ているかのように見守った。
やがてシュローはくるりとジャンプをすると、跪いて着地し、動きを止めた。
舞は終わったらしい。
ライオスは思わず拍手をした。
顔を上げたシュローは、静かに、と、再び指を口元に当てた。
そして、口の前で指で丸を作ってしばらく静止したかと思うと、ふわりと風がライオスを包んだ。
「聞こえるか?」
「ああ!聞こえる!」
「だから、大声を出すな。もう夜だ。
……これは、龍の来訪を寿ぐ舞だ。
お前に言われて、久しぶりに舞いたくなった。」
シュローの声が耳元で聞こえる。
囁き声に指向性を持たせて伝える術なのだろう。
「これが東方の舞か!すごいな、シュロー!
とっても神秘的だった。」
「舞の内容は、龍の姿を表すものだ。
うちの近辺では、龍は恵みの雨をもたらす神の使いとされている。」
「それって東洋龍のことじゃないか!
シュローは見たことあるのかい?」
ライオスはいてもたってもいられず、2階からバタバタと中庭に降りていった。
しかし、中庭には誰もおらず、ただ月の光が冴え冴えとあたりを照らしているだけだった。
『あなたが見たものが
蛇のように長い身体をしていたら
碧く輝く鱗をもっていたら
そして雷雲の空を飛んでいたなら
それは、あなた、龍を見たということですよ。』