酩酊する蝶 俺はアルコールに浸された頭で考えた。
どうして俺はすずれちゃんに頭を撫でて貰っているのだろう?
最初から思い出してみよう。
確か初めはすずれちゃんが文通の返事を持ってきてくれた所からだったはずだ。
前にすずれちゃんが遊びに来てくれた時に文通をしようと提案されてから、ずいぶんやり取りが続いていた。
すずれちゃんのシンプルな便箋には難しい質問がたくさんの書いてあったが、返事を取りにきて貰う度に食事をしてくれるので、楽しくやり取りをしていた。
今日も返事を持ってきてくれたのだ。ただ、今日は手紙の他に大ぶりな瓶も持ってきていた。
「ねえねえ♥️それなあに?」
「これはブランデーね。この前お客さんから戴いたの。バターさんは飲めるかしら?」
「うん♥️ちょっとなら飲めるよお♥️」
ブランデーは好きだ。
食事で摂る薄いクリーム入り紅茶によく合うから時々飲んでいる。
「良かった。今日は一緒に飲みましょう」
「うん♥️俺ぇ、おつまみ作ってくるねぇ♥️」
「これが私で、これがバターさんです」
テーブルいっぱいに作ったおつまみの皿達を端に寄せ、スケッチブックを挟んで座っていた。
アルコールで少し頬を赤らめたすずれちゃんが紙にペンで角張った人形を二つ描いた。
「バターさんも私も別の人間なので、互いに尊重して大事にしなければならないの」
「あはは♥️二つともおんなじだぁ~♥️」
「お話を聞いてくださいね…」
ブランデーで頭がふわふわしてきたのが愉快で、形の良い眉をひそめるすずれちゃんも魅力的に見えた。
「あのねぇ♥️俺もすずれちゃんみたいな絵が描きたいなぁ♥️」
すずれちゃんはグラスを威勢良く飲み干すと、俺のカップと自分のグラスにどばどば注いだ。
「……もう!これ以上はお話が届かないようですので、描くものを持ってきてください」
俺は奥の部屋の戸棚からクレヨンを持ってきた。
「俺ぇ、これみたいなカクカク人間描きたい♥️」
「なんですか、カクカク人間って」
ブランデーの割合がだいぶ増えたカップを啜りながら、すずれちゃんの絵を手本にクレヨンで絵を描いた。
「こうしてクレヨンで描いてるバターさんって、なんだか小さい子どもみたいですね」
グラスを傾けながらすずれちゃんは微笑んだ。
「そうかなあ?俺ぇ小さい頃ってあんまり覚えてないんだよねえ…」
酔いが回ってきたのか瞼が重くなってきた。まだ、すずれちゃんと話していたかったので瞼をこする。
「ふふ、眠くなってきましたか?ソファーでお休みされてはどうですか?」
すずれちゃんは少し笑って椅子から立ち上がると、俺の手を引いてソファーに座らせてくれた。
すずれちゃんは飲み足りないのか、グラスを持って隣に座る。
ソファーに沈みながら、ぼんやりした頭でふと思い出した。
「そういえばねぇ、前に知らないアリスが俺に言ったんだ…。『小さい頃と変わりましたね』って」
「そのアリスが『今のあなたは心が無くなってしまったみたい』って言ったの…」
俺は無くしてしまった心の行方に見当がつかないことを思い出して、酷く淋しい気持ちになった。
「すずれちゃんも、俺によく言ってるよね…?大切って気持ちを持ってくださいって」
「俺って本当に大切な気持ち、わかるようになるのかな」
隣のすずれちゃんの肩に頭を預ける。
一瞬びくりとしたが、すずれちゃんは俺の頭をさらりと優しく撫でてくれた。
「大丈夫、私もお手伝いしますから」
綺麗な細い手が髪を撫で続ける。小さい頃を思い出せないが、こうやって撫でられたことはあったような気がする。
そのまますずれちゃんは頭に手を添えて、抱えるように沢山撫でてくれた。
温かくてちょっと苦しい。でも嬉しくて、ずっとこうしていたいなと思った。
すずれちゃんの温かさと身体から甘い匂いがするので、ウトウトと瞼が下がって意識が遠退いた。
いつの間にか寝てしまった。
確か、すずれちゃんとお酒を飲んで絵を描いて喋ったんだっけ……?
部屋を見回すとすずれちゃんは居なかった。
ただ、持ってきた手紙の隣にあったスケッチブックの端に、メモが書いてあった。
『バターさんが寝てしまわれたので帰ります。手紙のお返事待ってます。一緒に大切な気持ちを思い出していきましょうね。ではまた』
「俺ぇ、なに喋ったのかなあ?」
鈍く痛む頭を抱えて、今日も色とりどりの花が咲き乱れる明るい窓の外を見た。