目覚まし時計のかわりに らーめん屋が歩くと床が沈む。ごく微かな変化だが目を瞑っていたってオレ様には当然わかる。だからこの狭いアパートだとどこに居るのかいつもバレバレだ。らーめん屋はだいたいいつも気配も消さずに呑気にそのへんをウロウロしてる。
気配がうるせぇ。こっちに来やがる。まだ眠いっつーのに。
すぐ目の前でチビが少し身体を固くした。近づいてくるらーめん屋の気配に身構えたらしい。最強大天才のオレ様は目を閉じててもチビの動きぐらいお見通しだし、これもトーゼン……つーか起きたら額が触れるぐらいのところにチビがいたせいだ。ちょっとでもチビが動けばわかる。オレ様とチビの間にはらーめん屋が寝てたはずなのになんでだ? 寒がりのチビが寝てる間にこっちに寄って来やがったのか?
とにかくらーめん屋がうるせー足音を立てながらこっちに来る。オレ様とチビの枕元でぴたっと止まる。次にナニするかはだいたい知ってる。オレ様とチビをあのデカい手で掴んでぐらぐら揺さぶるか、あのデカい声でうるせー歌を歌い始めるかのどっちかだ。
今日という今日はンなので起きてやるかっつーの。あえて薄目を開けてらーめん屋の行動に備えた。目の前にチビの顔がある。……まさかチビも薄目開けてねーだろうな? チビの顔はすぐそこだが、近すぎて逆にぼやけて見える。もしチビも薄目開けてるなら、いまオレ様とチビは見つめ合ってる……?
どーでもいいことが頭に浮かんだその間に、らーめん屋がしゃがんだ気配がした。チビの枕元に頭を近づけている。
「タケル」
ぞわ、とした。頭の後ろがくすぐったい、ぞわぞわした感じ……。らーめん屋が、チビの名前を呼ぶ声……。むずむずする。でもンなので起きてやるかよ。まだオレ様は呼ばれてねぇし。
チビだって、オレ様よりずっとぞわぞわむずむずしてるはずだが、ぐっと息を呑んで堪えている。ぞわぞわを我慢してるチビのその顔、ケッサクだ。
「タケル、……大好きだぞ」
「え?」
ハ? なんで今、ンなこと言った……!?
その瞬間、チビが丸い目をデカく開いた。声も出てた!
チビは弱ェ! オレ様は耐えたし!
らーめん屋、わけわかんねー! 不意打ちとかくだらねーこと言いやがって。でももうらーめん屋の手の内は読めた。その手には引っかからねェ。
「漣」
こっち来んな。布団掴んでむずむずをやり過ごすのに忙しいっつーのに。どーせ何言うのかわかってんのに。
「漣も、大好きだ」
耳元、で、ンなこと……。
喉の奥で変な声が漏れる。
「……漣はこれじゃ起きないか」
「うるせェ! 朝っぱらからしょーもねーこと言うな!」
クソムカついて飛び起きた。らーめん屋のヘラヘラした顔がそこにある。
「おっ、二人ともちゃんと起きたな! おはよう!」
「円城寺さん、……おはようじゃなくて……そういうので起こすのは、やめてくれ」
先に不意打ちを食らったチビも明らかに怒っている。当たり前だ。朝っぱらから、そのぞわぞわむずむずするやつ、どーすりゃいいかわかんねーし。つってるのに、らーめん屋には通じねぇ。
「付き合ってるといつ『好きだ』って言ってもいいんだぞ。理由があってもなくてもな。自分はいつだってお前さんたちのことが大好きなんだ」
オレ様とチビが掴みかかろうとしてもらーめん屋はヘラヘラニヤニヤ笑ってやがる。ちっとも反省してねー。こういうの、なんっつーんだ。ノレンニウデオシ、か。
「さあ、朝飯だ。今朝も大好きなお前さんたちのためにお前さんたちの大好きなものを作ったぞ!」
「るせェ……わざわざ何回も言うんじゃねぇ……」
「……まあ、今のは一回しか言われてねーけどな」
「チビもうるせぇ!」
チビは顔真っ赤のくせに冷静ぶりやがって。ンだよその、だい、だい……だい、だいスキ……って……。
思い出しただけで頭ン中ぐるぐるして、変な声が出かけた。