冬の朝のいたずら　小柄な二人の背中が、ちゃぶ台の前で小さく丸まって座っている。喧嘩は一時中止らしく、寒い寒いと口を揃えて不満を漏らしつつ顔を洗って部屋に戻ってきていた。
　二人とも、この間自分が買ってきた青と赤の半纏をそれぞれ羽織ってくれている。分厚くて温かいそれで着ぶくれした後ろ姿はまるでハムスターや兎のような小動物が寄り添っているかに見えて、思わず口元が緩んだ。買ってきたときは二人とも微妙そうな顔をしていたけど、やっぱりよく似合っているし、こんな寒い朝にはぴったりだ。
「洗面所、そんなに寒かったか？　まあ飯を食ったら温まるさ」
「洗面所も、この部屋も寒い……」
「らーめん屋、自分の家なのに寒いかどうかもわかんねーのかよ」
「いや、自分が起きたときはそう寒くはなかったぞ」
「……円城寺さんが一番朝早い時間に起きてんのに、そんなわけねぇと思う」
　寒さで丸まってるせいか、タケルも漣もぽつぽつと喋っている。そういえばさっきも二人は台所の自分に背中を向けて、小さな声で「寒い」と言い合う合間で何やらおしゃべりをしていたな、とまた微笑ましく思い出しつつ、お盆の上の朝飯をちゃぶ台に並べた。
　炊きたてホカホカのご飯とお味噌汁におかず。寒さのおかげでいつもよりも白い湯気がふわふわと多めに部屋の中に漂っている。お米の甘い匂いも一緒になって。食欲をそそられ、タケルも漣も拗ねていた顔をぱっと上げて飯に目を輝かせた。が、自分が三人部の飯を並べ終えるまで、きちんとおりこうに座って待っていた。
「よし、いただきま……うん？　二人とも、今日はそこに座るのか？」
「オレ様がどこに座ろうとらーめん屋には関係ねーだろ」
「寒くて動きたくねぇ……」
　やっぱり口々にぼやきつつ、ゆっくり動いて自分の左右にやってきた。ちゃぶ台の前ではあるけど、あんまり近いと食いにくくないか？
　まあ二人がそれでいいなら、それでいいか。半纏でもこもこした二人の体温が、じんわりと心地いいし。なんて思っていたところ。
「じゃ気を取り直して。いただき……ひぁっ！？」
　冷たい！　突然手足を触られて、朝っぱらから素っ頓狂な叫びを上げてしまった。
　驚いてタケルと漣の顔をぐるりと見回すと、したり顔で視線を逸らした。しかし依然としてひんやりと冷たい、腕にそっと添えられたタケルの手のひらも、あぐらをかいた自分の太ももに押し当てられた漣の足先も。
「……そんなに寒かったか？」
　もう一度、さっきと同じことを問う。ま、しかし言うまでもなく……ということらしく、相変わらずしたり顔、とはいえ口元は笑いを堪えて緩みかけたタケルの顔、既に少しも我慢せず満面の笑みを浮かべた漣の顔、表情は雄弁だ。
「どっちがイタズラを言い出したんだ」
「……円城寺さん、あったけぇ……」
「もっと温度上げろらーめん屋」
「こらこら」
　一応叱っているつもり、だがそれ以上は言えない。自分の顔も相当緩んでいる。二人の手のひらや足がするすると自分の身体に摺り寄せられているこの状況、ニヤけるなという方がムリだろう。冷たいけれど、愛おしくて胸の奥から温まる。こんなイタズラならいくらだって受け止められる。
　と、ニヤけて浸っている間に傍らから「いただきます」と声が聞こえてきて、二人は飯を食べ始めていた。
「おいオマエ、ちゃんといただきますを言え」
「あ？　んなことよりその魚よこせ」
「漣、それは自分の味噌汁だ」
　なにしろ座ってる場所が近すぎる。漣の箸は自分の皿にもタケルの皿にも遠慮なく伸びているし、タケルはそんな漣に自分を挟んで口と手でやり返している。
　やっぱりこのまま食べるのは狭すぎるんじゃないかと思うんだが……まあ、いいか。おかわりはまだあるし。