寝込みを襲う「ただいまぁ、タケル、れーん。待っててくれたのか?」
「やめろっ、離せらーめん屋ァ! 重いんだよ!」
「んっふふふふふ、布団まで敷いて……」
「寝るとこだっただけだっつー……あ!」
「ンっ……え、円城寺さん?」
上機嫌で覆いかぶさってきた円城寺さんに、キス……でもされるのかと思って、ぎゅっと目を閉じた。……が、思ってたのと違って、瞼の上に熱くて少し濡れた唇が押し当てられる。しかもすぐ離れていく。キスには違いないが……。期待しすぎだ。
それをコイツに見られた。っつーのにも焦って横を見たら、次はソイツが円城寺さんのキスを食らってた。そいつは頬に。
「酒くせェ! 帰ってくんのもおっせーし、こんなんで許すか!」
「そうかそうか、もっとか」
「円城寺さん、それコイツじゃなくて俺……!」
酔ってる円城寺さんの身体を押し返そうとしても、全く歯が立たない。岩みてぇだ、円城寺さんの身体……。なすすべもなく俺もコイツも布団の上に押しつぶされる。
というか、今の一瞬で円城寺さんが寝息を立ててそこに崩れ落ちていた。
「ンだこいつ……急に寝やがって……」
「重い……意識のねぇ人間って、すげー重いとは言うけど……」
「ムダにデケェだけだろーがらーめん屋は」
「デカいのはまあ、間違いないな。……布団敷いといてよかった」
「おい起きろらーめん屋」
ソイツが円城寺さんの脇腹を座ったまま足蹴にして仰向けに転がそうとした。乱暴すぎる。が、円城寺さんはその程度じゃ倒せねえし、つまり起きないし、動かない。
うつ伏せのまま寝かしとくわけにもいかねぇわけで、俺もソイツを手伝ってどうにか円城寺さんを仰向けに転がした。
「らーめん屋、何やっても起きねー……。ツラの通りマヌケだなァ」
「飲み会、楽しかったみたいだな」
「ウゼェ……一人でウメーもん食いやがって」
円城寺さんの半開きの口に、ソイツが人差し指を突っ込んだ。ぐっと唇を引っ張る。ソイツの指が、円城寺さんの唾液で少し濡れたのが見えた。
円城寺さんの口の中、熱そうだ。さっきの触れるだけのキスでも、熱かったし。
「今なら何やっても起きなそうだな、円城寺さん」
「……くはは! やりホーダイじゃねーか!」
ソイツは円城寺さんの口に突っ込んだその指で、唇をむにむにと揉んでいる。何やってんだ……とは思うものの、円城寺さんは寝たままニコニコと笑っている。……円城寺さんが迷惑じゃねぇなら、俺もやりてぇ。
「さっきの仕返しだ」
「……それ、こんだけじゃねぇよな。他に何、やる?」
「ンン」
小さく唸ったソイツの顔を覗き込むと、目の下をうっすら赤くして、口を尖らせていた。なんでも顔に出るやつだ。わかりやすい。
「さっきの仕返し、だからァ……キ、……ちゅー、してやる」
「こっちから?」
「あッたり前、……だ!」
ソイツは力んで歯切れの悪いがなり声で宣言した。それはいいとして、動きは鈍い。
目線だけ動かして円城寺さんを睨み付け、生唾を呑み、ゆっくり身体ごと向き直って円城寺さんの頭の両側に手を付いて、覆い被さってその顔を覗き込んで……ここまでかなりのスローモーションだった。
「いつもやってるだろ」
「いっ……いつもは! オレ様はやってねェ! いつもらーめん屋が勝手にやってやがんだ!」
そんなことねぇ。コイツだってたまには自分から……機嫌いいときとか、ヤってるとき……にはしてるはずだが、それを言ったところで絶対に認めないだろう。追求すんのも面倒でやめた。
「……ん。……し、やんぞ」
珍しく小さな声で呟く。力んで尖らせた唇から漏れた声と息がようやく触れるほどに近づいた円城寺さんの唇の上を撫でている。……ような、気がする。眠ったままの円城寺さんの口元はくすぐったそうに緩んでいる。……ような気がする。気がつくと、コイツが今まで以上のスローモーションで唇を近付けているのを、凝視してた。
「ンン……っ」
触れる直前のコイツの唇から、小さな声が漏れる。……色っぽい。コイツは……まだ円城寺さんに触れてもいないのに、感じたように声を溢して、小さく震えた。
……で、それで、それから更にたっぷり時間をかけて、円城寺さんの唇にそっと触れて動きを止めた。
じっとしてる。ソイツもだし、円城寺さんも微動だにしない。
コイツが黙ってじっとしているのは違和感がある……し、そもそもキスってそういうもんだっけか? 円城寺さんからされてるときは、俺もコイツもじっとなんか、してらんねぇ、と思うが。
「……ぷはっ! どーだァチビ! らーめん屋!」
「どうだっつってもオマエ……」
「ア?」
激しい筋トレの後みてーな汗だくの真っ赤な顔をしたコイツは唸ってこっちに威嚇した。が、ソイツは自分自身でも今のはねーってわかってんだろうから、すぐに黙って口を閉じた。
「ならチビはできんのかよ」
「できる」
いつもしてる……いや、されている。だからやり方はわかってるっつーか、いややっぱこっちからも全然普段からする、円城寺さんはさせてくれる、からできねぇはずねぇ。コイツと違って。
「見ててやるぜ」
「ああ、見てろ」
いつもの勝負、だ。でもどう考えたって俺の方がちゃんとできる。さっきのコイツの情けねー様子よりも、絶対だ。
そう思いながらコイツと交代して円城寺さんの覆いかぶさった。
円城寺さんの唇、少し開いてる。酒が入って顔が赤い。呼吸に合わせて静かに身体が上下している。少し開いた唇の隙間から、熱い、酒の匂い……。この隙間から舌、ねじ込んでキスできる……。
さっきの『見てろ』はなかったな。急に恥ずかしくなってきた。アイツ、どんな顔して見てるんだ? こっちを覗き込んで見てんのは、わかる。だが円城寺さんから視線をそらしたら間違いなく負けだと思って、アイツの顔は見れない。身体が熱くなってくる。俺だって、見てたけど……。
「ん……」
触れる前に漏れそうになった声を、唇を閉じて飲み込んだ。声、アイツには聞こえてねぇはず。焦る気持ちで後に引けなくなって、そのまま勢いつけて円城寺さんの唇にキスをした。
あったかい柔らかい唇の感触。触れる直前に円城寺さんの寝息が口に当たってくすぐったかった。そんだけで頭が痺れるくらい気持ちいい。こんだけで……いや、こんだけじゃなくて、もっと……いつも円城寺さんがするみたいに……口、開けねえと。
「……ふっ、はは。……くすぐったいな」
「え?」
円城寺さんが吹き出した声で、驚いて顔を離した。が、いつの間にか背中を片腕で抱かれていて起き上がれない。驚いてアイツの方を見ると、同じく背中に腕を回されて捕まっている。大きく見開かれたソイツの目と目が合った。
抵抗しても無駄だ。円城寺さん、酔ってるはずなのにいつもより力が強い。強引にその胸の上にコイツとまとめて抱きしめられた。
「いっ、いつから起きてやがった!」
「んー……、さっきだ。さっき」
「さっきっていつだよ!」
「ふふふ」
やっぱ円城寺さんは酔っ払って呂律が回っていない。なのにジタバタ暴れてるソイツをがっちり抑え込んでいる。流石だ……。
「円城寺さん、起きたならそう言ってくれ」
「……自分のかわいい恋人たちがかわいいことを言い合っていたから、思わず、な」
円城寺さんの、その声が低くて甘い。ドキドキする。心臓が暴れてる。さっきの寝てるふりで驚かされたのよりも、だ。
「なんかウッゼェ!」
円城寺さんの胸の上に、頭を押さえつけられて円城寺さんとソイツの声を聞いている。
……ソイツの言うことも、少しわからなくもねぇ。けど、円城寺さんってそういうキザなセリフも様になるよな……。
「……酔っぱらいのクセに」
コイツの言う通りだ。本当に酔ってんのか、一瞬疑わしく思っちまった。
「あはは。さて……寝る前にシャワーでも浴びてくるか」
「え、円城寺さん?」
掴まれてた腕の力が急に抜けて解放されて、俺とコイツは起き上がった円城寺さんの胸の上をころころとずり落ちた。
「明日でもいいんじゃねぇか……?」
「いやぁ、それなりに汗をかいたからな。先、寝てていいぞ。待っててくれてありがとうな」
そう言ってこっちにヒラヒラ手を振りながら風呂場に向かう円城寺さんの足取りは、明らかにフラついている。
「やっぱただの酔っぱらいじゃねェか」
「円城寺さん、大丈夫なのか?」
寝てていいって言われても、放っておけねぇ。つーか着替えとかも持たずに行っちまったし。いつも円城寺さんが寝るときに着てるやつ、タンスから引っ張り出してきて風呂場まで円城寺さんを追いかけた。何故かコイツも一緒にだ。コイツ付いてきても何も手伝ったりしねーのに……?