円城寺さんはズルい「聞いてンのからーめん屋!」
「うおっ」
漣の顔がぐっと近づいてきた。ちょっと油断していたな……。かなり怒っているようだったから、こんなことしてくれるなんて思っていなかった。
背伸びして眼の前に近付けられた唇がツンと尖っていてかわいい。しばらく見とれていると、さらにぐぐっと背伸びをして、鼻先がぶつかるぐらいの距離で睨まれた。
その目も、きれいだ。
「漣」
「!」
怒ってる。でも漣も、油断してるな。
頬に手を当てる。びっくりして三角になっていた目が丸くなる。そのまま顎を引き寄せて、触れる直前に、
「キスしてもいいか?」
「……ハァ? ンなの……」
無防備にあんぐり開いた唇がかわいい。そのままむしゃぶりつきたい。……最初からそのつもりだ。
「ン! ……」
腕の中で呻って暴れたものの、それほど激しい抵抗はされない。大きく開いた唇に遠慮なく舌を差し込むと、驚いて固くなった漣の舌先にすぐ触れた。まだ頑ななその舌先をゆっくり舐めて撫でてやれば、次第に柔らかくとろけ始める。
漣の喉の奥から声が漏れる。舌と、唇が震えて、身体の奥まで伝わる。
「っ……ん、………ー……」
「もう一回?」
「……んん」
肩で大きく息をついて、返事をする前に考え込んでいる。少し静かになった。
それでやっと、それまで黙って視線も向けてくれなかったタケル――こちらも相当怒っているらしい――が、視線だけチラリとこちらにくれて、柔らかいため息を吐いた。
「ソイツ、チョロすぎねぇか。あんだけ騒いでたくせに……」
「……?」
「タケルは誤魔化されてくれないか」
「俺は別に拗ねてるとかじゃねーから……ソイツと違って、あのくらいで」
「そうか? それじゃあ、タケルとキスしたい。誤魔化しとかじゃないぞ。ただ自分が、タケルとキスしたくてたまらないんだ」
「円城寺さん、それはちょっと……ズルいだろ。ついさっき誤魔化すって言ってたのと違う……」
「タケルも、拗ねてるわけじゃないって言ってくれたよな?」
む、とタケルの唇が少しだけへの字になった。頬は赤くて、眉を顰めて困ったような、やっぱり拗ねたような顔だ。
かわいい。やっと、素直に拗ねている顔を見せてくれた。……自分が大人げのないことをやっているのはわかっているんだが、たまには我慢せず拗ねてぶつかって来て欲しい。
「おいで」
まだ拗ねた顔で、改めてこちらを見上げる。迷いながら一歩、近づいてくる。手を伸ばして頬をくすぐる。
「ズリぃな、ホント……円城寺さん」
「はは。そうだな」
見破られているんだから仕方がない。開き直って頷くと、タケルも小さく吹き出して口元をわずかに緩めた。あと一歩の距離、許して欲しいんだが。
「……おいらーめん屋、次……」
「うん?」
腕の中でもぞもぞ動く、漣を見下ろす。
「チビの次、もう一回」
「次って、オマエな……。しょうがねぇ、円城寺さん。俺のことも誤魔化してくれ」
タケルが漣に赤くなった顔を向ける。それから自分を見上げた。やっとお許しが出たようだ。
そしてあと一歩。だけどそれが待てなくてすぐにその背中を抱き寄せていた。