寝癖 くすぐったい。額のところだ。前髪が、揺れて、あたって……。なんでだ? それに眩しい。朝だからか。起きる時間なのかもしれない。でもなんで、くすぐったいんだろう。触られてるような、触られていないような……。悪くはない感覚だけど。
覚束ない思考を繰り返した結果、自分が寝ぼけてんのには薄々気付き始めたんだが。
「くはははは!」
そろそろ起きるか、と思った瞬間に、アイツのバカ笑いが聞こえて完全に目が覚めた。
目覚ましとしては最低だ。
「おいオマエ、朝っぱらから騒ぐな」
ともかく起きて文句の一つでも言わねーとやってられない。目を開けたはいいものの眩しくて視界が定まらないまま、布団から起き上がる。と、目の前にアイツ……じゃない。
円城寺さんだ。
「おはよう、タケル。……あっはっはっは」
「え、円城寺さんまで……なんなんだ?」
寝起きの俺の顔を見て円城寺さんまで吹き出した。でもアイツのうるさい笑い声と違って、円城寺さんのは優しくて温かい。だからまぁ、笑われてんのも不思議と悪い気はしない。むしろ円城寺さんのそのうれしそうな笑顔を朝一番に見れた分、得したような気分だ。
でもなんで笑われてんだ。そういや、夢で見た額のくすぐったいのが……まだ、ある。
「起こしてしまってごめんな。漣があんなこと言うから我慢できなくて」
「あんなこと?」
円城寺さんの手がこっちへスッと伸びてくる。円城寺さんの手、の感触はよく知っている。あの指の感触。額を触られるのか、と期待したら、少し違った。
触られてるような触られていないような……。前髪を揺らされて、それがこしょこしょと額に当たってくすぐったい。
「あはは。珍しく早起きした漣が、タケルの前髪に寝癖が付いてる、タケルを見ろって騒いでいたんだ。それで見てみたらかわいくて思わず手が出てしまった」
上機嫌の円城寺さんが俺の前髪をくるくると指に巻き付けて遊んでいる。夢で見た感触、これだ。くすぐったい。でもやっぱり悪くはない。つーかむしろ気持ちいい、かもしれない。でも恥ずかしい。寝癖って、どんなことになってんだ。
「円城寺さん、くすぐったい」
「ああ、悪い悪い。起こした上に更にいたずらに付き合わせてしまったな。どうする? もう少し寝とくか?」
「いや、もうそろそろ起きようと思ってたから。……つーかアイツは?」
「漣? そこで腹抱えてうずくまってるぞ」
「そこ?」
円城寺さんが指さした方を振り返る。背後……つまり枕元だ。そこでは窓から差し込んだ朝日が反射して、銀髪の後頭部がキラキラと光っている。……笑いをこらえてプルプル震えてなけりゃ、マヌケ以外の感想もあったかもしれないが。
「くははははは! チビのムボービな寝顔にその寝癖、いじればいじるほどケッサクだったぜ!」
今日既に二度目のうるさい笑い声が部屋ん中に響き渡った。
「オイ。言っとくが普段のオマエの寝癖の方がずっと激しいからな」
「アァ!? オレ様はチビと違って寝癖だって最強なんだよ!」
「どういう意味で言ってんだ」
というかさっきコイツはなんて言った? もしかして夢で前髪をいじってたのは円城寺さんだけじゃなかったのか?
「まあまあ、二人とも。それよりせっかく早起きしたんだから今日は一緒に朝飯の準備をしないか? 時間があるから少し豪華なメニューにできるぞ。どうだ?」
「豪華なメシ! 早くよこせ!」
「それじゃあ早速、顔と手を洗ってきてくれ。寝癖を直すのも忘れずにな」
メシと聞いて目の色を変えたアイツが、寝癖で跳ねまくった後頭部の毛を揺らしながら洗面所に飛んでった。相変わらず扱いが上手い。
「ははっ。タケルも、鏡見てびっくりしないようにな」
「アレより酷いとは思えないんだが……」
結局、俺の前髪はどうなってんだ? 円城寺さんと、アイツがくすぐっていた前髪を自分で触ってみる。確かにいつもと違う感触だ。