コナギャ週末を目前にしたある金曜日、家主とアンドロイドは空調の効いたリビングで過ごしていた。
「ギャビン、きみって、意外とかわいい口してるね」
おもむろにコナーはそう言った。目をぱちくりさせたギャビンは、声の主のほうを向くと口の中でころりと棒付きキャンデーを転がす。そのままジトリとした目つきとともに、口をもごつかせて答えた。
「お前さあ。……ハア。今、エロいこと考えてただろ。こっちはまだ仕事のこと考えてるっつうのに」
「いやだな、エロいこと"だけ"考えてるわけないじゃないか。君の今やってる地道な情報収集とアリバイ作りのシミュレーションは、僕もこの最新鋭の頭脳でさっきから同時並行中」
小綺麗に整えられた指先が、青いLEDの光るこめかみの辺りをトントンと叩いた。
「ウルセ、そんなら無駄口叩いてないでそっちに集中しろよ。同時並行とかいらねーよ。そんで、さっさと、仕事を。片付けろ」
つれない様子で、ギャビンはすぐに手元のスマートフォンへ視線を戻してしまった。コナーが彼の気をひくために発した言葉が効果を発揮したのは、わずか5秒間だ。それでも優秀な捜査補佐型アンドロイドは引き下がらなかった。
「ねえ、恥ずかしがらないで。君のくちびるや口腔が、君の横柄な態度に反して繊細なつくりをしてるのを、僕は好ましく思ってる」
好奇心にきらめく瞳を隠しもせずに、"らしくない"しぐさでコナーはソファから身を乗り出し、膝の前で手を組んだ。
「なあ、ソレ言われて嬉しいヤツがあると思うか?お前の口説き文句は三流も三流なんだよ。いっぺん小学校からやり直して……イヤ、保育園からだな。そこでちゃあんとお勉強してから戻って来い」
片手を首の後ろに回して頭を支えた姿勢のまま、ギャビンは動かなかった。大きなソファの肘掛けに、軽く膝が曲げられて素足が乗っている。組まれた足の指先が退屈そうに揺れた。
事実、コナーのささやく愛とやらは、いまひとつ決まりきっていないのが常だった。アンドロイドであること、そして彼の与えられた使命上、彼の表現のしかたは事実の羅列、効率的な陳述という側面を強く持っている。しかし彼なりに、それとどうにか折り合いをつけて、人間の様式に倣った言葉を模索しているようだった。ただ、最近はどうにも開き直ってきたような節がある。
コナーが上手に歯の浮くようなせりふを言ったところで、ギャビンの反応は決まりきったようなものだった。ならば、いっそ好きなように振る舞ってしまえばいい。これが、彼の優秀なソーシャルモジュールか、はたまたコナー自身の思考とやらが、下した判断だった。しかし、コナーはまだ、ギャビンにも言われて嬉しいことの一つや二つはあるということを知らない。人の性とはそんなものだということも。
「どうかお願いだ、こっちを向いて?仕事なんか僕に任せて、いったん休もうよ」
「"休もうよ"だぁ?遊んでくれの間違いだろ」
弄ばれた棒付きキャンデーの棒が口元で揺れる。
「君も僕の優秀さは認めてくれてる、でしょ?」
「そんなこと言って、この間犯人を逃しかけたのは誰だった?」
「それはッ……!」
思わず眉間に皺を寄せて腰を浮かせたコナーの額を、ギャビンの二本指がとんと突いた。
「そういうとこだよ。そんなんだからいつまで経ってもお子ちゃまって言われるんだ」
黄色から青色へ戻っていくこめかみのLEDをゆっくりと瞬かせながら、ダークブラウンの瞳はおずおずとギャビンを見た。コナーの頭の中では、まだDPDに来たばかりの頃に、ブレイクルームでギャビンと会話したときの記録が反芻されていた。
「なんだ、急に静かになっちまって。皮肉は随分と様になってきたのに、随分と安い挑発に乗るんだな」
ギャビンは、コナーがあまりにも自身の思い通りに反応を示すのに気を良くしたようだった。興が乗ったとでも言いたげな様子でスマートフォンをおざなりにテーブルへ放り出す。上半身だけコナーへ向き直り、鷹揚に両手を広げてみせた。
「いいぜ、気が変わった。遊んでやるよ、何がしたいのか言ってみろ」
吸い込まれるように伸ばされたコナーの手に、榛色の瞳がきらりと輝いた。
続くのー!!!!