9ギャダンサーパロダンサーパロ
「デカくて、筋肉があって、髭が生えてなくて、強気なのがいい」
「良い子がいますよ。どうぞ、これが鍵で、お部屋は601番です。すぐに向かわせますね。それじゃ楽しんで」
心臓が震えるようなビートと、煌びやかな音楽が響いている。目の眩むような極彩色のネオンで彩られた店のカウンターで、ギャビンは店員にこう告げたのであった。ここはアンドロイドも人間もいるクラブで、それなりにクリーンな営業を行っている。ただし、ちょっとした裏メニューがあることを除いては。
「またこの部屋かよ。空調壊れてんだったら早く直せよな……」
ギャビンはブツブツと文句を言いながら、店の奥にある廊下で扉に張り付けられたナンバープレートを見上げた。扉は少し古びて、プレートの文字が一部禿げている。この店は夜な夜な客が集まっては、刺激的なパフォーマンスを楽しんだり、酒を飲んだり、踊ったり、はたまた客同士で会話したりといった場所だった。働いている者は人間も多いが、一定数アンドロイドもいる。店員の感じが悪くなく比較的客層もマシで、ギャビンにとっては都合の良い場所だった。何より、店にアンドロイドがいることを公言していない。表向きはナイトクラブという体裁をとっていたが、キャストの時間を買うことができるシステムがあるのはもはや常連客にとって周知の事実だった。
店員は大半がパフォーマーで、それからこの部屋は「休憩室」であるという建前上、客が通された後にキャストがやって来る。そんなシステムも、待機している相手の元へノコノコと向かうことになんとも言えない居心地の悪さを感じていたギャビンにとっては好都合だった。
「ふう。一仕事終わった」
いっそ清々しいほどのわざとらしさで、廊下から演技じみた呟きが聞こえた。程よく低くて落ち着いた、好みの声だ。テノール歌手のような潤いのある音も良いが、ほんの少しハスキーで色気のある声色が彼のお気に入りだった。
硬い床をヒールがコツコツと叩く硬質な音が近づいてくる。その速度は緩まぬまま、ガチャリとそれなりに勢いよく戸が開かれた。ブルーグレーをした涼しげな瞳と目があう。おいおい、とギャビンはため息をつきたくなった。
彼のこの店の利用頻度はそこそこで、気分の良いときに時たまやって来ては、その度ごとに好きなように色々試して、満足して帰っていく。それが常だった。ギャビンは何もかも手放して、重い快楽と気だるさに沈む感覚が好きだったから、ボトムの頻度が高かった。しかしそれはあくまで割合の話で、気が向けばトップもやりたくなるのが彼のスタイルだった。
ボトムをやるなら、相手は自分よりでかくて思い切りの良い男がいい。トップをやるなら、顔がきれいで髪の柔らかい、しなやかな体つきの男がいい。そうは言いつつも好みらしい好みは持たず、その時々で色々なつまみ食いをして楽しんできた。しかし今回はどうだろう。
「偶然ですね、先客が居たとは。あなたとは……初めまして、ですよね?」
「……トップの奴を頼んだんだが、そう聞かなかったか?」
建前上の挨拶とは言え、ギャビンはにこやかに発された言葉に応じることもせずに言った。あからさまに嫌な顔をしていて、非常に感じが悪い。それでも、アンドロイドは眉ひとつ顰めずに笑顔を浮かべたまま続けた。
「もちろん聞いています。腕には自信がありますが、私では不満ですか?」
そう言って、アンドロイドらしい綺麗な顔を不安げに歪め、眉尻を下げてみせた。彼が子犬だったのなら、クゥーンと悲しげな声が聞こえてきそうなほどの、本物らしい演技だった。表情の管理に長けた最新型のアンドロイドが、その牙の存在を完璧に隠し、容易く手折れるようなか弱さを演出するのはそう難しくない。
RK900はもともと軍事目的で作られたアンドロイドだった。人間と直接接しながらうまくやっていくためには、無害さを隠すことは必須条件と言っても良い。その点においてこのRK900はとても有能だった。内心、店にやって来た可愛い顔の人間をみすみす逃してやるのは勿体ないという気持ちもなくはなかったが。