閉じた世界 6ゼイユとハッサク先生と一緒に病室で落ち着かずに待っていると、やがてノックの音が響いた。
「失礼する」
「おーす」
「ツバっさん!」
「カキツバタ。案外早かったわね」
「お疲れ様ですよ。シャガさん、カキツバタくん」
やって来たのは、思った通りあの不器用な祖父と孫だった。僕は直ぐ様椅子から立ち上がってツバっさんの補助に向かう。躊躇いなく乗り換えられたお祖父さんはちょっとショックを受けていた。あ、なんかごめんなさい。
とはいえシャガさんは少し空気が緩んでいて、ツバっさんも気まずそうだけど若干顔色が良くなっていて。
仲直り、出来たのかな?
そうホッと息を吐いた。
「おや、他の患者達は」
「皆さん『そこまで症状が重いワケでもないから』と、それぞれ出掛けました。中には今日退院予定だった方も居たようで」
「……気遣わせたかな」
「まあ心配はしてたわね。あの人達と違ってアンタは見た目も中身もお子ちゃまだもの」
「へーへーチビで貧相で反抗期真っ只中で悪かったねぃ」
「誰もそこまでは言ってませんですよ」
「ゼイユの背が高いだけでツバっさんもチビではないです」
いつものノリで話して笑っていれば、最初以降会話に混ざれなくなってしまったシャガさんがそわそわする。今度は身内ノリから弾き出したみたいで申し訳なくなった。いやシャガさんとツバっさんの方が正真正銘の身内なんだけど。
会話しながら、まだ視力は回復していないらしい先輩をベッドに案内して、その後改めて事のあらましを訊くことにした。
「で、どうでした?仲直り出来ましたか?」
「んー?そう言われても、オイラ達元々喧嘩なんてしてなかったぜぃ?」
「カキツバタ」
「…………まあ、一応、お互い色々話しました……」
「ある程度距離は縮められた、と見ていいと思う」
「そうですか。なによりですよ」
僕達は笑顔になって、見えてないのを良いことにツバっさんの頭をぐしゃぐしゃ撫でる。
「え?手多くない?揃いも揃ってなにしてんの?」
流石にバレた。シャガさんにも睨まれたので、本気で怒らせる前に離れる。
にしても本当に良かったな。思わぬハプニングだったとはいえ、結果としてこの家族の関係が修復されるきっかけになった。そんな直ぐに完全に仲良し大好きとは行かないだろうけど、でも真正面から腹割って話せたようでなによりだ。
今後は僕が介入しなくたってきっと大丈夫。そう確信して、報われた気分になった。
「…………良かったよ。今回はちゃんと助けられて」
「「??」」
「「…………………………」」
ついエゴを覗かせてしまえば、なにも知らない先輩二人は首を捻り、僕の経験を知っていたあとの二人が目を伏せた。
「で?休学云々はどうなったんですか?」
「アンタ学園休むの?」
「あー、それなんだがよ」
パッと切り替えて大事なポイントを尋ねれば、とりあえず三日間だけ帰省してみる、一週間目になって治るかどうかによるけれど良くならなければまた話し合う、要は休学するかどうかはとりあえず保留だ、と答えられ。
まあ二人が納得するならと、僕達は頷いた。
「分かったよ。学園への説明と皆の説得は僕に任せて!僕チャンピオンだし!」
「チャンピオンを振り翳すのは職権濫用じゃね?」
「アンタとスグが悪い見本になるからよ!ハルトに余計なこと覚えさせちゃって!まあ今はいいけど!」
「いいのですか……」
「カキツバタ。ハルトくんと話させてもらった時から思っていたが、きみは一体学園でどんな悪行を重ねてきたのだ」
「へっへっへー、ノーコメント」
「カキツバタ……」
緊張感はとうに消え去っていて、シャガさんは孫の素行不良を悟って頭を抱えた。
まあスグリの方がとんでもなかったし、これでこの人結構慕われてるんで大丈夫ですよ。と、内心擁護するが口には出さなかった。そういうのも直接話せるようになった方がいいと思ったからだ。……既に知ってるかもだけど、知らないとしたらスグリにどんな感情抱かれるか、分かったもんじゃないし。誰もが割り切りつつある過去の出来事だが、万一にもこんな屈強なジムリーダーが激怒してしまったら……うん、想像するのは止めよう。
「じゃあカキツバタ、アンタの住所教えなさい」
「へ?」
「ミクルのみ、ありったけ送り付けてやるから」
「あー、あったねぃそんな話も。ジジイ」
「ミクルのみとは確か、ポケモンの命中率に関わるきのみだったか。そんな貴重な物を頂いていいのかい?」
「まあキタカミではお祭りの景品になるくらいよく採れるし。いいから住所教えてください。使い切れなくても返さなくていいので」
「面目無い。では有難く」
ゼイユが促せば、スマホロトムにマップ情報が送信されたようで彼女は満足気に頷く。
「誰の名義で送ってくださるのか、教えてもらっても?」
「うーん、面倒だしあたしかな。ゼイユよ」
「ゼイユくんだね。ミクルのみが届く頃には私達も着いていそうだが、念の為使用人にも伝えておく」
「し、しようにん…………」
「カキツバタ、もしかしてアンタってお坊ちゃん?」
「………………………」
ジムリーダー兼市長の孫なのだから当たり前と言えばそうだけど、サラッとお金持ちらしい発言が飛んでむしろ揶揄いづらくなった。本人凄い顔逸らしてるし。そんなことしなくても目合わないのに……
「おっと。カキツバタくん、そろそろお時間です。お医者様もお待ちしているので、検査に戻りましょう」
事実なのか助け舟なのか、ハッサク先生がそう言い出した。
忘れかけてたけどメインはそっちなので、僕達はコロっと切り替える。
「あとちょっとみたいだから頑張ってくださいね!」
「逃げるんじゃないわよ?」
「へいへいーっと。……ジジイはどうする?」
「私はきみと共にイッシュへ帰る準備をしよう。ハッサク殿、ハルトくんとゼイユくんも、なにからなにまで世話になったな」
「いえいえそんな!」
「あたしをおまけ扱いしないところは褒めてあげます」
「ゼイユは相変わらず強かだねぃ」
残った問題はただ一つ、ツバっさんの目だ。どうか長引かないよう祈るばかりだけど。
兎にも角にも、間も無く看護師さんが現れるので、ツバっさんはハッサク先生についてもらいそれぞれ予定と目的の為に動き出した。色々気になるけど、シャガさんも先生も居れば心配は要らないだろうし検査結果もきっとちゃんと教えてくれるだろうから。
僕自身の検査まで時間はあるし、単位を落とすわけにはいかない。各々挨拶し合って一旦解散とした。
ちなみに、ツバっさんが一度イッシュ本土へ帰省すると伝えた際の学園の皆の反応は。
『へー!先輩帰るんだ!なんかよく分かんないし離れるのは寂しいけど、先輩がいいならオレもいいかな!』
『ネリネは驚愕。カキツバタが帰省するのはとても珍しいことです。ですがご家族との関係性が修復されたのならなにより』
『私は薄々軋轢があると気付いてました。それにしてもハプニングを利用して仲直りまで漕ぎ着けるなんて、流石はハルトさんですね!』
『よかったけど、俺ねーちゃんからなにも聞いてない!いや、スマホ無いからだけど……荷物もあんだから学校に電話さしろって伝えて!』
といった感じだった。皆は『相談くらいちょっとはして欲しかった』と憤りつつも、よかったよかったと喜んでいて。
『でもハルトは無遠慮過ぎると思う』『丸く収まったのは結果論』とついでに注意されてしまった。すみません。自惚れと余計なお世話は承知の上だったけど気を付けます。
身勝手な『今度こそ救いたい』が行動理由の一つだったから、本気で反省した。
……僕も皆も、あの先輩の過去の詳細は聞いてないし訊くつもりも無いけど。これからはなるべく家族との喧嘩は避けて、でも本音で話して仲良くして、あと……卒業もしてくれるといいな。
そう遠い目をすれば、皆は『それはそう』と溜め息を吐いた。少しは前を向けるようになった、とは思うが、あの面倒くさがりがその気になるかはちょっと確信を持てない。どうして竜の一族ってこんな問題だらけなんだろう。
「まあ、とにかく、療養の間に治ってくれるのを祈ろっか」
そう締め括って、通話を終えた。
……そして、パルデアでやることを終えて、ツバっさんはポケモンと荷物を返してもらってから、お祖父さんと二人イッシュ本土へと帰っていった。
イッシュ本土の実家へ久しぶりに帰宅した後。
そっからはもう地獄も地獄で、使用人には騒がれ親にはダル絡みされてアイリスにもベタベタされて、視界も相俟ってまるで別世界に来たかのようだった。着いて一分、いや一秒で帰ろうと思ったことを後悔した。
「だーから!!パルデアの病院でちゃんと検査したって!!目以外は至って健康だしそのうち治るって診断されたから!!点字の勉強とかいいって!!面倒くさい!!」
「なにを仰いますか坊ちゃん!!いつ完治するかも分からないのでしょう!!憶えておいて損はありません!!」
「あるだろぃ!!相変わらず爺やは口煩えな!!ていうかアイリス!!離れろ!!」
「ヤダ!!カキツバタってばお姉ちゃんになにも言わないんだもの!!学園の友達のこととかバトルのこととか話してくれるまで放さないよ!!」
「なんで!!だよ!!」
「カキツバタ、今日はパパと一緒にお風呂に入ろう。その目で我が家の広い風呂場は危険だらけだ」
「いいえママと」
「なにを言う。祖父ちゃんとだろうカキツバタ?」
「お姉ちゃんも手伝うよ!」
「なんだコイツら!!俺を幾つだと思ってんだ!!」
「あ、『俺』」
「だーっ!!!」
ガキの頃でさえこんなベッタリじゃなかったのに!!なんだコイツら!!ジジイ一体なにを吹き込みやがった!?驚きとか怒りとか通り越して気持ち悪い!!
「坊ちゃん、お持ちの杖がボロボロではないですか!只今特注品の手配を」
「要らねえって!!直ぐ治るしこれ後輩から貰ったやつだからいーの!!治るまで使う!!」
「ぼ、坊ちゃんにご学友……!!」
「あの人見知りのカキツバタ様に友達……!!」
「露骨に感動すんな失礼だな!!」
「そうだ、ハルトくんとゼイユくんに礼をせねば。菓子折り……いや、ブルーベリー学園の生徒ならばバトルに関するアイテムの方がいいか……?」
「直ぐにリストアップします!」
「ジジイ!?高価なモンは止めろよ!?!?」
学園ではボケに回ってばかりの自分でさえツッコミを入れまくる。なんだこれ疲れるわ。ここってこんなアホな家だったっけ?オイラ三日間も持つかな??
それからも『"だくりゅう"に関する文献を』だの『その道のプロを呼ぼう』だの『シャガ様達の不在の時間は云々』だの、マジで煩くて煩くて。
「もういい!!」と振り払って自室に逃げようとしたら大慌てで止められた。オノノクス達に補助してもらうから平気なのに。そんなに慌てる?ってくらい叫ばれてしがみつかれてもうドン引きだった。過保護か。
正直尊敬する祖父と義姉のそんな声聞きたくなかった。目が見えてないのはある意味幸いだったな。
こんな調子で、学園入学前のアレコレが嘘のように甘やかされて世話されて構われて、ミクルのみ入り料理も飽きるほど食わされて、長い長い三日は過ぎ去った。
きのみのお陰か環境が変わったからか、目はパルデアに居た頃より幾分かマシにはなったが、まだ不自由なままで。「やっぱり家で過ごしてくれ」と散々心配されたけれど、オイラはハッキリ「学園に戻る」と伝えた。そこだけは譲らなかった。
「まあ、治ったら、また帰るからよ……」
向こうも向こうで頑固だったが、また時間がある時に帰省すると約束すれば退いてくれた。もう調子狂うわ。いやずっといつものように振る舞えてなかったけどよ。
で、なんだかんだやっとこさブルーベリー学園まで帰還した。
「あ、おかえり先輩!」
「やっほーツバっさん!本当に戻ったんだ!遠慮しないでもっと家に……居ても……」
着いてみれば仲間達が出迎えてくれた、のに、急に萎縮する。ぼんやり見える影があからさまに怯えていたので、オイラは笑うしかなかった。
「カキツバタ……そちらの二人は」
「うん、言うなタロ。皆も気にするな。コイツらは空気だと思ってくれぃ」
「悲しいことを言わないでくれカキツバタよ」
「お姉ちゃん泣いちゃうよー?」
「いい大人が泣くな」
そう、傍らにはジジイとアイリスが居たのだ。散々「一人で帰れる」って言ったのに「送る」「きみの友達や先生に挨拶する」とついてきやがったのである。
しかもなんか方々に威圧してるっぽいし。マジで止めろ。叩き出してやろうかな。
「えっっ、あ!?チャンピオンアイリス!?」
「ジムリーダーのシャガさん!?」
「ほ、本物!?なんでここに!?」
注目が集まり騒がれる気配を察知したので逃げようとした。しかし逃げられなかった。誰かにジャージの襟を掴まれて呻きながら立ち止まる。
「少々ご挨拶に」
「カキツバタがなにかトラブルとか起こしてないか確認に来ました!」
「「「あーーー」」」
『仇なす者が居たら徹底的に〜』って言ってたなあ。マジだったんだなあ。なんてオイラは既に諦めモードだった。申し訳ないが自分はこの二人に手も足も出ないのだ。ポケモンでも、……フィジカルでも。そもそも今こんな状態だし。
「まさか喧嘩とか、そんなことは起きてないよね???」
「ひぇ……」
「モンペだ…………モンペが来た…………」
「カキツバタ、お前の家族ってこんな怖かったの……?」
「空気だと思ってくれぃ」
「何処にこんな空気が居るのよ」
ハルトとゼイユは初対面ではないので割とケロッとしてる、みたいだけど。スグリらしき影が「わやじゃ……」と逃げ腰になってた。チャンピオン時代とか色々心当たりがある所為だろう。守りたいのは山々だが正直どう擁護すればいいか分からないので、とりあえず沈黙を貫いた。
「じゃあカキツバタ!行こっか!」
「学園の地図は頭に叩き込んである。先生方に挨拶して、それからリーグ部とやらにも行かせてもらうぞ」
「もう帰ってくんない???あんま後輩ビビらせないでくれる???」
「ビビらせてないよー。悪い子は居ないかーっ!て見てるだけだよー。ね?スグリくん?」
「ひ、ひぃい……!!ごめんなさい……!!」
「なにが?」
「わやぁ……!!」
「あ、なんか懐かしいやり取り!僕もスグリにその返しされたなあ!」
「オーバーキル止めてあげてください」
「カキツバタ、もうさっさと終わらせてソレ帰しなさい」
「はい……ウチのクソジジイとバカ姉貴がごめんなさい……」
「『ウチの』……ふふ」
「なに和んでんの???無敵なの???」
もうやってられねえ。悪いな皆……埋め合わせは必ずするから我慢してくれ……
後ろに流していた髪をぐしゃぐしゃ掻き乱して、身内に連れられるまま学園内へと歩き出した。きっとこの後先生達も怯えて悲鳴を上げて頭を下げてしまうのだろう。本当に申し訳ない。この目になってから過去一罪悪感と諦念が湧いた。
職員室まで突撃して案の定の展開になって、校長室やリーグ部にも引っ張り出されてあちこちへの挨拶に付き合わされて。
あと、どうやら以前オイラに詰め寄りジジイ達へ情報を漏らした連中とも鉢合わせたらしい。
「どうも、随分と孫が世話になったようで」
「お礼に私達とちょーっとバトルしてみない?勿論、全力で!」
勝負の結果は言わずもがな。流石に可哀想だった。バトルが終わると「もうオイラ気にしてないから……」とついこちらから謝ってしまった。連中には色んな意味で泣かれた。ホントごめん。今回に関しちゃお前らが百パー悪いけどごめん。
ハルトが呼んでいたらしいボタンにまで会って行き丁寧に礼を言った二人は、もう学園を闊歩しまくってしまくって。
「もう気は済んだかい?いい加減帰ってくれぃ」
多分そろそろ日が沈んでそうな頃に何度目か追い払うと、「そうだな」とジジイに頭を撫でられる。
「部や生徒とのトラブルとやらを聞いた際は退学させるべきか悩んだが」
「なにそれ聞いてねえ」
「見る限りでもう改善の余地だらけだけど、でもまあカキツバタが落ち着いて過ごせる場所みたいだし!うん、満足!」
手を振り払いながら「そうですか」と溜め息を吐いてやった。心配掛けさせたオイラも悪いから、あんまり文句ばかりは言わないでおいた。
さて。それよりやっと帰る気になったらしい。見送りなんざ意味無いし戻る手間が大きいので、部室で二人と別れることになった。
「カキツバタ。ちゃんと食事は摂り、適切な睡眠を。きみは体重が軽過ぎると医者も言っていた」
「へーへー……食べますよ全く」
「ただ食べるんじゃなくて!よく噛んで食べなさいよ?お姉ちゃんとの約束!」
「かったりぃ…………」
「え???」
「ハイ、ワカリマシタ」
「よろしい!」
無理矢理頷かされていたら、アカマツが「カキツバタ先輩が弱火なんて珍しいね!」と大声で誰かに言っていた。この後輩は平常運転だ。スグリはすっかり怖がって震える声で肯定していた。
「皆さんも、今後もどうか孫をよろしく頼む」
「ちょっと捻くれた弟ですが、これからも仲良くしてあげてね!」
「は、はい!」
「シャガさんとチャンピオンもお元気で!そのうち僕ともバトルしてね!」
「勿論だとも。再会の時を楽しみにしていよう」
「あ。あと送られたお菓子美味しかったわ。また寄越しなさい」
「ねーちゃん!?」
「ゼイユ、それは少々強過ぎる」
「あははっ、いいよいいよ!全然幾らでもあげる!」
「アイリスさんも軽いですね」
「うち調べてみたけど、アレめっちゃ高かったよ……?」
帰れってとこなのに雑談が始まりそうな勢いに気付き、オイラは手を叩いた。
「はいはい、もーいいだろぃ!とっとと行けやジジイ!アイリスも!」
「んー、お姉ちゃんって言ってくれたら帰ろっかなあ」
「オノノクス!!カイリュー!!」
「ジョーダンだよジョーダン!もーっそういうところは可愛くない!」
「そういうところも可愛いでは?」
「キョーダイ、サーナイト持ってなかった?追い出してくれぃ」
「ウソウソ!帰るってば!」
無口な祖父と天真爛漫な姉は、やっと居座るのを止めてくれるようだ。
ぎこちない動きで撫で回される。後輩達の目の前、でなくとも小っ恥ずかしい。
「じゃあねカキツバタ!ハルトくん達もバイバーイ!」
「近いうちにまた来よう。それでは失礼」
最後は端的に告げて、漸く面倒な身内二人は立ち去っていった。足音が遠ざかり、自動ドアが開いてから閉じる音がする。
部室には暫くなんとも言えない沈黙が漂った。
……それを破ったのはオイラの溜め息だ。
「はぁーーーっ、疲れたわ…………なんかごめんな皆」
「あ、う、うん……お疲れ様」
「元気なお祖父さんとお姉さんだったね!」
「仲が良いようでなにより」
「カキツバタもてんで形無しでしたね。ちょっとは可愛いところあるじゃないですか」
やんややんや好き放題言われて、そうそうこの空気だと安心した。
お互い多少分かり合って帰ってみれば家も悪くはなかったが、やはり今一番落ち着く居場所はこの箱庭で。ハルトとゼイユらしき手に小突かれて肩を竦めた。
「ちょっ、痛、いつまでそうしてんの?」
「身内の管理がなってない部長への罰よ」
「そこは悪いと思ってっけどオイラがアレの手綱握れるワケねーじゃん」
「それもそうね」
「はい塩ー!」
何度もかなり手加減された力で殴られ続けて、オイラもいつものノリで笑った。
……閉鎖的な箱庭。その中で閉じた世界の終わりは、案外早くやって来る。
甘い物が好きとは言うが、流石に連日食わされれば飽きる。
アカマツとペパー考案のミクルのみを調理した食事にそうボヤいて、「ワガママ!」なんてタロとゼイユに叱られたのは昨日のこと。その頃には視界不良になってから三週間という時が流れていた。
流石に皆もオイラもこの目に関することには慣れたもので、バトルこそ禁止だったが授業にもスマホでの録画の許可を貰い出席するようになり、オイラの単独行動も次第に許され。あのモンペと呼称された二人の圧力の効果か、特段絡まれることも無くなり割と平和な学園生活を取り戻していた。
そんな中のある日の朝のことだ。
「!? づっ…………!?」
いつも通り起床して目を開いた瞬間、眩むどころで済まない強烈な光が目を貫いた。
「ま、っぶし……!?」
突然の痛いくらいの刺激に思わず顔を覆う。何度もゆっくり瞬きをするが、変わらずめちゃくちゃ痛い。
……ん?え?『光』?『目が痛いくらいの』?
「スマホロトムっ……!」
とにかく一旦瞼を下ろして、スマホロトムに指示してキョーダイに電話を掛けた。
『おはようございまーすツバっさん!ってどうしたんですか?そっちから電話繋いでくるなんて珍しい』
「あー、おーっす。いや実はよ、ちょっとおもしれーザマになってて」
『え?なになに、どうしたんです?』
回りくどい言い方、はする余裕も無く、ただ自嘲的に笑った。
「目、戻ったっぽいわ」
『え!?!?!?』
「声デケー」
バタバタ慌てて動く音と大声に苦笑いしてたら、「直ぐにそっち行く!!」と言われる。
が、オイラは一旦ストップを掛けた。
「待ってくれぃ。戻ったっつってもちょっと厄介で」
『え?』
「光に慣れないのかね?尋常じゃないくらい眩しくて目開けてらんなくて。多分暫く動けねえや!へっへー!」
『だから軽いんだって!笑えない!』
"だくりゅう"を食らった時のように拍手して爆笑したら、同じようにキョーダイが叫んだ。ホントおもしれー男。
『分かった、僕が皆に連絡するね!養護教諭さんも呼ぶから、とにかく大人しくして!』
「はぁい。お手数お掛けしまーす」
一先ず手持ちに鍵を開けておくよう頼んで、大人しくしろという言葉に頷いたものの用を足したり前髪を退かしたり着替えたりと、割と普通に動き回った。見えない状態でアレソレやるのは慣れていたので余裕だったのだ。
ただ、痛がってるとこを見せた所為かポケモン達に怒られたので、それ以上はなにもせずベッドの上で待機する。
間も無く、ハルト達がドタバタとやって来た。朝っぱらからお呼び立てしてごめんなあ、とオイラは内心謝った。質問攻めに遭って直接口には出来なかったけど。
どうやら全部思った通りのようで、視力が一気に回復した所為で光を見失っていた目が刺激に耐えられず、痛んでしまったらしい。治ると言っても段階踏んでかそれのどちらかだろう、と考えてはいたがこうなるのは予想外だった。
とにかく慣れるまで目を開き続けるしか無い。痛いだろうが我慢しろ。そう鬼のような宣告をされて、オイラは頭を抱えた。
「そう言われてもめーっちゃ痛いんですけど。目だけじゃなくて頭も」
「痛みがあるだけで健康を害する可能性は無いので、頑張ってください」
「塩ー!」
留年した分教師とも付き合いが長い。ゴネたら素気無く対応された。
「なにはともあれ、回復に向かっているようでなにより」
「キタカミのミクルのみのお陰ね!絶対そうよ!感謝しなさい!」
「あとちょっとなんだべ。少しは頑張りなよ」
「僕達も色々サポートするから!」
まあ、結局のところここで踏ん張らないと完治には向かわないわけで。
仲間達にドラゴンエールをされ、頷くしか無かった。
まあ、目の痛みというデバフが追加されて暗闇が真っ白に変化しただけで、行動はそこまで変化しなかった。
皆はちょっと気遣いが増えた程度。手助けの仕方はあまり変わらず、部員からの対応も同じで。
オイラは昼には激痛と明るさに慣れたので、校舎内をフラフラしたり授業に出たりを繰り返し、時々休憩も入れつつ眩しさと戦った。
「痛いくらい光がしんどいってどんな感じなんですか?」
「お?興味ある?」
ふと部室で、ハルトと彼の呼んだ特別講師ネモに問われたりして、テキトーに答えた。
「なんていうか?焼かれる?みたいな?」
「カキツバタ、それはよく分からないのでは……」
「「あー成る程!」」
「分かるんだ」
「僕コータスの炎にうっかり掠ったことあるんで」
「私も!ハルトのコータス凄いよね!」
「この人達は…………」
「へっへっへー、さっすがチャンピオン様だ」
「カキツバタ、褒めるところじゃない」
ポケモンの技に当たるのはトレーナーあるあるだが、『焼かれる』感覚までハッキリと分かるとはつまり、天才と揶揄されるこの二人もそれなりに修羅場を潜ってきたのである。
なんか愉快で嬉しくて、チョコレートをお裾分けしてやった。まだ未開封の物だったのでタロやネリネからのお叱りは受けずに済んだ。
そして、世界が白いまま迎えた夜を超え、翌日の朝。
さも当たり前かのように、視界は晴れていた。
「おーっす皆!おはよー!」
あの"だくりゅう"事件が起きたバトルの日から三週間と少し。
朝から部室に集っていれば、ツバっさんが軽やかな足取りで杖も持たずにやって来て、皆が一瞬凄い顔になった。
「あ、カキツバタ。もしかして」
が、昨日の「痛いくらい眩しい」という彼の発言を思い出し、状況を理解出来た。
ハッとしてタロちゃんが尋ねれば、すっかりいつもの調子どころか数段元気なリーグ部長がサムズアップした。
「おうよ!もうすっかり元通り!なーんかまだ眩しい気がするけど、しっかりバッチリよく見えてますぜぃ!!」
途端、ワッと喜びの声が上がる。
「やったーっ!よかったね先輩!」
「なんだかんだ一ヶ月近く掛かってしまいましたね」
「結局治療法さ見つかんなかったけど、まあ治ったしよしとするべ」
「へっへー、お世話になりやした」
「ツバっさん!!これ見えますか!!」
「かわらずのいし!」
「これは!?」
「じゃくてんほけん!」
「はいこれ!!」
「テラピースあく!!」
「こいつはどうですか!!」
「マスターボール!!いやそんなん軽率に出すな!?」
即席の視力検査、というか確認をすれば、スラスラ回答が飛ぶ。まだ眩しいらしいから完治ではないと思われるが、日常生活に支障が無いレベルにはなったっぽい。
僕も皆も安堵して、ツバっさんをもみくちゃにした。
「ハッサクさんとシャガさん達にも伝えましたか?」
「あっ、忘れてた」
「忘れるな!身内なんでしょ!?」
「本当にこのちゃらんぽらんは……」
「僕もボタン達に伝えます!もしもーし!!」
「ハルトは動くのが早過ぎるね!」
「わやじゃ」
そこそこ長い間ちょっと変化してしまったリーグ部。その空気やノリが一瞬で元に戻り、やはりこうでなければと僕もボタン達も苦笑いを浮かべた。
ハプニングの繰り返しだった日々によって良い方向に動いた点もある。ともあれ僕は「結果オーライかな」と先輩に生暖かい眼差しを向けた。
こうして僕らは、また愉快ないつもの日々へと戻ったのだった。