残花を手に 5なるべく人目を避けて到着したリーグ部の部室。授業が無いのとテラリウムドームが封鎖されているのもあって、そこには多数の部員が集まっていた。
「えーっと、皆おはよう!」
「あ、スグリ先輩にアカマツせんぱ……」
「!! カキツバタ先輩!!」
アカマツが挨拶すると全員がこちらを見て、直ぐにカキツバタの姿にも気付く。
呼ばれた本人はビクリと肩を震わせた。そんな彼の様子には気付いていないようで、皆安心したように駆け寄ってくる。
「ツバっさん!よかった、目が覚めたんですね!」
「怪我とかは!?」
「出歩いて大丈夫なんですか!?」
「あのスグリくん……さっき凄い勢いでタロちゃん呼んでたけど、なにかトラブルでも……?」
「ねえ、スグリ先輩、カキツバタ先輩!ドームは大丈夫だよね!?」
「あーあー皆落ち着きなさい!興奮し過ぎよ!」
「えっ、あれ!?ゼイユさん!?なんでここに……」
「そういえばさっきネリネさんも見たような」
「そりゃ来るでしょ!!母校で大問題が起きてスグが大変な目に遭ったって聞いたんだから!!」
不安がって心配して矢継ぎ早に質問したくなるのは分かる。でも今のカキツバタには応えようがないから、俺達はどうにか部員達を宥めた。
中には泣きそうな子も居て、時間は掛かったけれど。でも段々頭が冷えたらしい彼ら彼女らは、漸く部長の様子がおかしいことを認識した。
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど。実は、カキツバタが……」
そんな彼らに、俺達はなるべく分かりやすく事態を説明した。
「えっ!?記憶喪失!?」
「原因不明って……そんな」
「じゃあスグリくん達のことも、皆のことも分からないの?」
「………………悪い」
当たり前だが皆は驚き酷くショックを受ける。カキツバタが目を逸らすと、流石にいつもの冗談なんかではないと確信を得たらしい。
一応例のポケモンについては伏せて、とにかくこれから原因を探る、時折カキツバタのことを頼むかもしれないから知るだけ知っておいて欲しい、と言った。
「それは勿論いいんですけど……カキツバタ先輩は嫌じゃないんですか?」
「……迷惑、掛けるのは申し訳ないと……」
「そうじゃなくて!!」
「そもそもそういうことなら休学とか家で療養とか、色々手はあるでしょう。ご家族だって心配するんじゃ、」
「正論だけど、昨日俺達が行ったテラリウムドームの調査に理由がありそうでな」
「なんというか、学園離れる方が危険?かも?みたいな感じなんだって」
「それにそのご家族からの許可も出たからいいのよ。どうせ家族のこともコロッと忘れてるし、カキツバタ的には何処に居ても同じだと思うわ」
カキツバタを案じているが故に納得し切れないらしい部員達は、当人を見遣る。
「カキツバタ先輩、はさ。ここ、嫌じゃない?」
「え?…………うーん」
唐突な質問に、彼は面食らって考え込む。嫌って言われたら困っちまうが、必要な確認だし黙ってた。
本心や感情をあまり露わにせず、性格は捻くれてるがなんだかんだ温厚な部長。怠け者の昼行燈。だからこそ部員達は不安になって余計気を配ってしまうんだろうが。
記憶を失ってきっと"素"なんだろうなという雰囲気を出している彼は、首を傾げまくって答えた。
「別に、嫌とか感じないけど……なんか、ここに来てから、この辺ポカポカする、かも?」
「「「ポカポカ」」」
「うん。……変な病気かな?」
そう胸の辺りを握りながらハテナを浮かべるもんだから。
ねーちゃんは顔を覆って溜め息を吐き、皆は自分から訊いたのに気まずそうに照れていた。
「そ、そうなんだ!ならいいか!」
「じゃあカキツバタ先輩、オレ達が近くに居ない時はここの皆を頼りにしてね!」
「?? これ大丈夫なやつなの?」
「大丈夫大丈夫、気持ち悪いわけでもねんだべ?ならポカポカしとけ」
「??? そっか」
「……素直で鈍いカキツバタ先輩って新鮮だなあ」
ちょっと空気が和み、アカマツ達は微笑ましそうにする。
なんか勝手に本音聞いたみたいで罪悪感あっけど。カキツバタがリーグ部大好きなのは割と共通認識だし、まあいっか。
「カキツバタ先輩、疲れてない?座る?」
「そこが先輩がいつも座ってたとこですよ」
「えと……いいんすかね」
「むしろいつもの行動さ取ってみたらなんか思い出すかもしれんべ。座ってみなよ」
「……そういうことなら」
促されて定位置というやつに座るカキツバタは、いつもみたいにだるだるとした体勢ではなくて。
「本来正しい座り方なのに違和感凄いわね」とねーちゃんが顔を顰めた。
「えーっと、いつもはそうじゃなくて」
「上半身テーブルに預けるみたいな。こんな感じ!」
「えっ……その座り方、逆にキツくね?」
「うーん、そう言われるとなんて言えばいいのか」
「元のお前がやってたことだからなあ」
なんでこんなこと教えなきゃいけないんだ?なんておかしな気分になりつつ、カキツバタのいつもの姿勢を教えた。記憶の無い彼はアカマツの見本を参考に真似する。
「…………なんか違う」
「えっ」
「腕じゃない?腕の組み方」
「あと腰の位置!多分もっとギリギリだったよ!」
「これ以上は落ちそうなんだが」
一体なにをしてるんだ。なにこの状況?
いややってみたら記憶戻るかもっつったの俺だけど。神妙な空気が一転して良いのやら悪いのやら。
「やっぱなんか違うなあ」
「まだなのか」
「うーーーん……あ、笑顔じゃない!?笑顔!カキツバタ先輩いつもニコニコしてたからさ!」
「笑ってみて!」
「えーと……こう?」
すっかり作り笑いが出来なくなったカキツバタのぎこちない笑みに、部員達は崩れ落ちる。カキツバタは疑問符を浮かべていた。
「だ、大丈夫か?ごめん、笑い方変だったか?」
「今が変というか元が変というか」
「無理言ってごめんなさい……やっぱ普通に笑いたい時に笑ってください………」
「????」
まあ、うん……カキツバタもちょっとは緊張が解れたみたいだ。仏頂面だけど顔の強張りはマシになってる。ならよしとしよう。
真顔のカキツバタってちょっと威圧感あって怖いけど。これが素なら仕方ねえべ。誰だろうと病人に気を遣わせるわけにもいかない。
いつも通りではないが、段々空気が緩んできた。
それに安堵していれば、不意にねーちゃんがスマホロトムを取り出す。
「……スグ、アカマツ。あとカキツバタも。ハルトとネリネがポケモン達を回収してくれたって。あと……」
どうやら仲間達から連絡が来たらしい。
なんだか続きを言いにくそうにしていたので、俺とアカマツは頷き合う。
「じゃ皆!また後でね!」
「ドームの異変については引き続き俺らが調べっから。先生達がいいって言うまで近づかないでな」
「了解です!」
「流石にそこまで自惚れてないよ」
「ならいいわ。ほらカキツバタ、アンタも来なさい」
「ん」
カキツバタのことを伝えられた。皆もあまりパニックにはなっていないことを確認出来た。
今はそれだけで満足しておくことにして、俺達は部室を去って。
「ねーちゃん、さっきなに言いかけたの?」
「…………テラリウムドームに入る許可が下りたのと、あと」
姉に問い掛けたら、真剣な面持ちで告げられた。
「ドーム内にテラパゴスと似た生体反応が確認されて……パラドックスポケモンも、また現れたって」
……分かり切っていたが、まだまだ今回の事件はなに一つとして解決していないのだった。