目の前に聳え立つテラスタル結晶の柱。
薄暗さを打ち消すエネルギーの光。
それらを見つめるオイラ、カキツバタと仲間の二人は、互いを見た。
「ここが、パルデアの大穴……」
「エリアゼロの最深部……」
「テラパゴスの眠る地、だねぃ」
ここに来るまでに色々あった。
最初は神を自称する胡散臭いポケモンの導きから始まり。何故だか突然過去の大地へと投げ出され、生き延びる為に駆け回る羽目となり。最初に相方の一人であるショウと、途中でもう一人の相棒ノボリさんと出会い。
死ぬ気で生にしがみついて、元の世界元の時代へと帰還すべくアレコレ調べ考えた。その末に三人あの地を円満に出て行って、間も無くここへと辿り着いた。
時空を超える手段の一つと思われる、不可思議で特別な伝説のポケモン。テラパゴスに逢う為に。
「テラパゴス……ってポケモン、本当に居るんでしょうか?」
「少なくともカキツバタ様の時代ではここで眠っていたのでしょう。この場所の何処かで過ごしている可能性は十二分にあるかと」
「ま、とにかく探そうぜ。オイラも人伝に聞いてただけで現地に来るのは初めてなんでね」
ショウは少なからず不安を覚えているようだが、オイラとノボリさんは一先ず探索を開始した。
こんなことならあの時の調査に同行しとくんだったな。なんて、一人ひっそり後悔もしたが。
兎にも角にも、辺りを調べたオイラ達は直ぐにテラパゴスと思しき結晶の塊を発見した。
「お。コイツじゃねえか?」
「……全く動きませんね。ポケモンの姿には見えませんし……やはりお休み中なのでしょうか」
「起こしちゃっていいのかなあ。そっとしておいてあげた方が…………」
「まー気持ちは分かるがなあ」
そして、迷いながらもテラパゴスを目覚めさせ。
「テラッ!」
「うお?」
元気良く姿を現したテラパゴスは、ここは現代と離れた過去だってのに何故かオイラを知っている様子だった。
スグリとゼイユ、ハルト、ブライア先生が初対面した時は怒り狂って暴れたらしいが、今回はまるでそんな素振りは無かったのだ。
だから、それに乗じて元の時代に戻してくれるよう頼んで。
そして、…………そして
そして、全ては幻影かのように揺らいで薄れた。
『おみごとです。あなたがたは、みずからのチカラであなたがたのミライを、にんげんたちのつよさをみちびきだし、きりひらいた』
最後に聞こえたのは。
『祝福しましょう』
『さようなら、ひとのこらよ。またあう、そのひまで』
始終上から目線で身勝手で、しかし逆らいようの無い神の声だった。
Morning brother
ガツン!という鈍い音と同時に後頭部へ衝撃が走る。
「……………………あ?」
意識を取り戻した瞬間視界に飛び込む、見慣れているような懐かしいようなという天井。覚えのある潮の香り。違和感があるが馴染んでもいる服と布団の感触。
目をパチパチ瞬かせながら、知っているが最早知らない気もするそれらに動揺した。
「…………は、えっ?」
なんだここは?何処だ?おれ、オイラ、今一体何処に居る?だってさっきまでヒスイ、いやパルデアのエリアゼロに、
寝てた?いつの間に?眠気なんて無かったのに?
何故か、自分以外の人の気配が無い。ならばあの二人は……?
『ロットー!朝ロトー!』
直後、軽い調子のモーニングコールと共に黒く四角いカラクリが飛び回り。
近くにあった最新型のモンスターボールから、カイリューとオノノクスが飛び出た。
「……え、……かいりゅー?おののくす……?」
二匹とスマホは、『どうしたの?』『大丈夫?』と心配するかのように覗き込んでくる。
その姿と眼差しに、一気に目が冴え飛び起きた。
「…………!?は、!?なん、ここって」
酷く寝惚けていたかのような気分だが、思い出した。
ここは、イッシュ地方のブルーベリー学園。その寮の一室である、オイラ……つまりカキツバタという男の部屋だ。
少々乱暴に愛用のスマホロトムを引っ掴み、現在の日付と時刻を確認する。
最後にここで寝入った記憶の中のあの日、その翌日朝だった。
「ゆ、……夢………………?」
なんで、どうして?さっきまで、厳しい過去の世界に居て、仲間達と過ごして、生き抜いて、そしてあの二人と地の底に居たのに。
何事も無かったかのように目覚めた。なにもかも嘘だったかのように。
確かに『夢なら早く覚めて欲しい』と何度も願ったさ。元の日常に戻る為に走ってたさ。でも、なあ、こんな急に、ただの妄想だったなんて……冒険も仲間もポケモンも、全て夢に過ぎなかったなんて突き付けられても。
自分も大概我儘だ、と自嘲した矢先、ベッドの上に光るボールが転がっていることに気付く。
見覚えのある形と色に、ほぼ無意識に手を伸ばした。
…………それはヒスイで使った、手作りのモンスターボール。あの時の手持ち達の入ったポケモンボールだった。
赤子から立派に育ってくれたガブリアスに、傷付きながらも勇敢に戦ってくれたヒスイヌメルゴン、そしてオイラに空を翔ぶ翼を与えてくれたヒスイウォーグル。三匹みんな、確かに居た。
「夢じゃない」
カイリュー達が『なにそれ?』と言いたげに首を捻るけれど、今のオイラはとても余裕が無かった。
だから急いで竜達をボールに戻し、過去最速で着替え扉を壊す勢いで自室から出た。
「うおっ!?か、カキツバタ!?」
「こんな早く起きるなんて珍し、っておい!?」
髪もセットせず、スマホとポケモンボール以外も持たずに、とにかく走る。道中後輩達にギョッとされ、先生達から「は、走ってる!?いや走るな!!」なんて戸惑い混じりに注意されても、全て無視。
「はぁっ、はぁっ、」
なんだこの身体、体力無さ過ぎんだろぃ!
内心自分で自分に文句を言いつつ、辿り着いたリーグ部の部室に自動ドアを破るくらいの気持ちで飛び込んだ。
「わぎゃあ!?!?」
「うわ!?って、なんだカキツバタ先輩か……びっくりしたぁ」
「おはようございます、カキツバタ。今日は早起きですね」
注目してくる後輩達を、絶え絶えの息を整えながら一人一人見渡す。
皆居る。皆いつも通り、変わらず、"昨日"と同じように。
「……どうしました?そんな血相変えて」
「汗凄いよ?もしかして走ったの?」
「えっあのカキツバタが走った……?天変地異でも起こんだべか?」
朝も早く、特別な日でもないので流石に全員の姿は確認出来なかったが。
全く変わらない景色と変わらない仲間達、空気、部室。
なにもかもが懐かしく、平凡で、それが嫌というくらい嬉しくて幸せで。
少し、寂しかった。
「えっ?本当になした?」
「大丈……、……先輩、泣いてるの?」
つい目元を覆って俯けば、なんだか気遣われそうになるが。
泣いてはいない。ギリギリ。泣きそうではあるが、でももう泣く理由はここに無いから。
……いつもは塩対応でも結局優しい子供達は、真っ当に心配してくる。なのでオイラは顔を上げた。
「へへ、悪ぃな。なんでもねえよ」
皆は怪訝そうな顔で首を傾げる。
後から飛び出たカイリュー達もまるで『起きた時からこうなんです』とばかりに彼らへジェスチャーするが、なんだか微笑ましいものだ。
オイラはひっそり、心の中だけで「ただいま」と呟いた。
なにがどうあろうと戻って来られた。それでもう良かったのだ。