虚像に捧ぐ 4「カキツバタが、ソウリュウシティに居ない……!?」
突然発覚した事実が信じられず、思わず聞き返せばタロ先輩は青い顔のまま頷いた。
「シャガさん……カキツバタのお祖父様から連絡がありまして。『孫と連絡が取れない』と仰っていたんです。それで改めて伺ったところ……『家でトラブルなど起きていない』『誰にもカキツバタを迎えに行くよう頼んでもいない』とのことで」
「な、なに、それ……」
カキツバタが実家に居ない?アイツのじーちゃんも行方を知らない?
え、じゃ、じゃあ、カキツバタを連れてったあの人達、誰で、アイツを何処に、
震えていたら、最後にアイツと会った人間であろう俺に注目が集まった。
「スグリ、どういうこと!?ツバっさんは誰に連れてかれたの!?」
「お、俺だって分かんねえよ……!だって、だってカキツバタが親戚だって言ってたんだ!勝手に学園に侵入したようにも見えなかったし、普通信じるべ!」
「でも!!」
「ハルトさん、スグリくんも落ち着いて」
「混乱するのは分かる。でも言い争っていても仕方ありません」
掴みかかってきそうな勢いのハルトはアカマツが抑え、訳が分からずパニックに陥った俺をネリネ先輩が宥めてくれた。
……でも、でも俺は嘘なんて吐いてない。確かにカキツバタ本人が言ったんだ。『誰』なんて訊かれても分かりっこない。
「カキツバタがなにか事情があって誤魔化したのか、それとも」
「……本当に親類で、しかしお祖父様に情報が届いていないだけなのか。どちらなのでしょう」
「んー……誰にも捕まらずに学校の中に入ってきてたってことは、本当に家族かなんかだったんじゃない?」
「確かに、無関係の人だったら追い出されるわよね、普通」
「でも、それならなんでツバっさんのお祖父ちゃんはなにも知らないの?もう四日も経ってるのに……おかしいよ絶対」
「「「…………………………」」」
あの怖い人達とカキツバタは、何処か容姿が似ている気がした。それに校内に入り込めたとなると部外者とは思えないので、少なくとも「親戚」という部分は本当なのだろう。
そこまでは俺から言えば全員納得した。しかしそうなると逆に、『ならば何故彼は家に居なくて彼の祖父もなにも把握していないのか』という疑問が生まれてしまう。
「……とにかく、もう直ぐシャガさんが学園に来るそうなので……スグリくん。あの人に詳しいことを話してくれますか?」
「勿論、いいけど…………」
カキツバタ、大丈夫なんだべか……?なんだかちょっと嫌な予感がした。
あの時アイツの表情が強張っていたこと。やたら急いだ様子だったこと。……「元気でな」、などというよく分からない言葉。どれもこれも事態が悪い方向へ進んでいる証拠な気がして。
同じく胸騒ぎがするのか、ハルトやアカマツも自身の制服を握り締めていた。
いや、でも、アイツのことだから、ポケモンっこも居るだろうから、大丈夫、きっと大丈夫な筈なんだ。
アレはうざくて鬱陶しい怠惰な男だけれど、だけど……やっぱり相応に心配で、不安が募った。
「ーーー!!ーー!!」
誰かの声が聞こえる。必死に呼び掛けるような、語り掛けてくるような。
身体を揺さぶられてる気がする。この声とこの体温は……
「っ、ぁ……」
なんとか意識を手繰り寄せ目を開くと、オレンジ色の巨体が視界に入った。
「かいりゅー……?」
呟けば、彼女は泣き出しそうな顔をしながら抱き締めてくる。
ああ、やっぱり間違い無い、オイラの大事な手持ちだ。こんな所に居たのか。
「無事で良かった……怪我、してねえか?」
身を預けながら心配したが、ブンブンと首を振られる。あの連中になにかされた様子は無さそうだ。……良かった。
「……みんなは?他の、皆は何処だ?アイツらも無事、」
そこで腕を持ち上げようとして、満足に動かせないことに気付く。
カイリューに気を取られてまるで状況を分かっていなかったが、よく見れば自分は椅子に座す状態で拘束されていた。手首と足首と胴体にそれぞれ布のような物が巻かれ、硬い椅子に固定されて動けない。
……椅子有難えとか口癖のように言ってたが、流石にこれは笑えない。一体なにが……
『お目覚めになられましたか、カキツバタ様』
「!!」
直後、何処からか声が。
もう聞き飽きた音に溜め息を零しながら部屋全体を見回す。あの男やその仲間の姿は見えない。それでもコンクリートで造られた冷えた一室に冷たい声が降った。
『手荒な真似をしてしまい申し訳ございません。ご気分はいかがですか?』
「そういうのもういいからよ……これがなんのつもりか教えちゃくれねえか」
『貴方様がそう仰るのならば、お望みの通りに』
説明を促したら、都合の良い時だけ従順な男は答える。
『何度もお伝えしている通り、わたくし共は貴方様に当主として相応しい人間になっていただきたい。そう存じているわけですが。……しかしお恥ずかしながら、現在我々は貴方様のポケモン勝負の腕を正確に把握出来ていません。知っていることと言えば、一般人の"有象無象"に勝てない程度のもの、というくらいです』
「おい、誰が有象無象だって?口には気を付けろよ」
『おっと、これは申し訳ありません……ご気分を害してしまいましたか』
白々しい。怒らせるつもりで言い放ったのは丸分かりだった。
けれど、声を低くしても向こうは意に介さず続ける。
『そこで。貴方様にはそちらのカイリューと共にテストを受けていただきます』
「テスト、ねえ」
留年して学生を続けてるオイラへの皮肉か?つまんねえ言い回ししやがる。
『なに、簡単なことですよ。貴方様がすべきことはその部屋から脱出するだけです』
「はあ?脱出ゲームのつもりかぃ?こんな拘束と部屋、カイリューの力があれば一瞬で……」
『では試してみてはいかがでしょうか。本当に一瞬で出られるかどうか』
「………………」
癪だがそうする他無いので、カイリューに拘束を千切るよう頼んだ。
彼女は不安気に瞳を揺らしながら布に手を掛ける。
……だが、どれだけ引っ張ってもそれらは恐ろしいほど頑丈で、破れるどころかビクとも動かなかった。
「なっんだこれ……!!なんで、」
『お察しになられませんか?難しい話ではありません。単にエスパータイプのポケモンの力を利用しているだけですとも』
「ポケモン……!?」
いやだが、ここまで物の強度を高めるなんて遠隔で出来るモンなのか?幾らエスパーでも力には限度がある筈だ。そもそも一匹二匹程度でドラゴンの腕力に打ち勝つのだって無理が……
まさかオイラ達と一緒に室内に閉じ込めてるって?自分の手持ちを……?こんなことの為に?
『さて。時間は有限ですよ、当主様』
考えながら視線を這わせていると、ヤツは宣う。
『ただ普通に脱出を目指すだけでは貴方様には物足りないでしょうから……時間経過と共にペナルティを与えようと思います』
「ふざけてんのか」
『いいえ、至極真面目ですとも。……その部屋は少々特殊な構造となっておりまして。30分経つ毎に酸素濃度を低下させていただきます。よろしいですね?』
「は、酸素!?」
本気で言ってるのかこのイカれ野郎は!?
「殺す気か!?いいわけねえだろい!!」
『ご心配無く。貴方様に死なれては困りますので、殺す気は更々ございません。それに、次期当主様であれば死ぬ前にその部屋を出るなど容易でしょう?』
「お前な、」
『"出来る"、でしょう?』
「っ、」
出来ないとは言わせない、そんな圧を感じて冷や汗が垂れる。
冗談じゃない。酸素なんて持ってかれればどんな頑丈な人間でも死ぬ。ポケモンだって危ないかもしれないのに。
『では始めましょう。期待していますよ、当主様』
それでも断る権利もなにも与えられたもんじゃなくて、こちらの意思も感情も無視され。
そのまま最悪なテストが始まった。