なれそめの潮1.
暗がりにぼんやりと影が浮かんでいる。混じり気のない純白が風に棚引き、抹額がひらひらとその先を危うく揺らしている。黒髪と長い袖は絶え間なくゆらゆらと動き、彼の存在さえも不確かなものにしている。
藍曦臣は湖面を見つめていた。じっと感情のない面で、暗闇を覗いている。
暗闇は彼に語りかける。いつまでそこにいるのか、と。
美しい輪郭は静寂を湛え、その瞳は泥濘に沈んでいく。目尻から頬にかけて幾度となく水滴が滴り、唇の間からは虚ろな空間が垣間見える。藍曦臣は静かに泣いていた。独り俯き、暗い水面を覗いてそこに映る自身に絶望するかのように。
江澄は覗き見てしまった。正確には、見るつもりのなかったものを、たまたま見つけてしまった。
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