松野カラ松は一目惚れした。松野カラ松は一目惚れした。
その相手は目の前にいる、柔らかな黒い瞳と春の暖かい風に吹かれている茶色の髪に、全体的に暗い色の服を纏っているからこそ際立つ、サイドテールにつけられた白いリボンがチャームポイントの彼女。
彼女はカラ松に眺められている事に少し困ったような顔で口を開く。
「あの...どうしました?」
「君が持っているサングラス、実は俺のなんだ。」
遡ること数時間前。カラ松は公園でナンパ待ちをしていた。
カラ松は毎日のようにサングラスをかけ格好付けている。
_があろう事かいつの間にか無くしていたのだ。公園以外でもナンパ待ちはしていた為、他の場所を巡って探したが見つからず結局公園へと帰ってきたのだ。その時カラ松のサングラスを持ちながらキョロキョロとしていた彼女を発見したというわけだ。
「貴方のだったんですね。丁度誰のかと探してる所でした。」
「ナイスタイミングだったという事だな?俺がサングラスを落としたのも、そして君がオレのサングラスを拾ったのもディスティニー!どうだ、お礼にお茶でも…」
カラ松は自信ありげに彼女をお茶へと誘う。だが彼女は申し訳なさそうにしながら軽く頭を下げ
「すみません。私これからバイトがあるので...無事渡せて良かったです。失礼します」
そう言って淡々と歩いて行ってしまった。
カラ松は追いかけるでもなく、ただ彼女の後ろ姿に見惚れていた。
次の日も、その次の日も、その次の日も…一週間連続でカラ松は公園へ通いつめた。
彼女はいつも此処をバイトの通り道にしているようなのだ。しかも通るにはここしかない、会えるのも、ここしかない!そんな考えのカラ松は一週間毎日彼女にお茶を誘い続けた。
普通に考えて恐怖である。ストーカーである。
なのにこの男は何も恐れず毎日のように彼女にアタックし続けている。
一体彼はいつ働いてるのだろうか。何故私なのだろうか。何故こんな事をドヤ顔でできるのか。
彼女のカラ松への興味は怖さを含んだ興味でしか無かった。
それでも興味という枠に収まるのは、カラ松が言った通りこの二人は運命だからなのかもしれない。
一週間と一日が経ったある日、いつものようにカラ松は公園で彼女を待っていた。
それを見た彼女が、素振りはいつも通りでは無いように感じたのは、興味があるからだろう。
バレないようにと物陰に隠れながら彼女は公園を通過しようとするが、カラ松は彼女に物凄く興味があるのですぐに発見し、小走りで彼女に近づく。
「あのっ!今日は」
「…だからいつも言ってるじゃないですか。ここはバイトを行く時に通る道で、バイトに…」
少し睨みつけながら言う彼女を遮ってカラ松はこういう。
「違うんだ、今日はお茶とかそういうんじゃなくて…少し、少しだけで良いから時間をくれないか」
その言葉を聞いた彼女は、はぁ。とため息をついてから
「…分かりました」
と言い、二人は日陰になっているベンチの方へと向かう。
もう少しで着く距離まで近づいたその時、小学生くらいの女の子が、走ってこちらへやってくる。
鬼ごっこをしているようで、追いかけてる鬼を見ながら楽しそうに走っている。
つまり、前を向いていないのだ。
「わっ」
女の子の頭が彼女の勢いよく腰に当たる。女の子はそのまま尻もちをつき、目をうるうるとさせる。
すると彼女はすぐさま女の子の視線に合わせ、女の子の手を握る。
「ごめんね。大丈夫?ケがしてない?どこが痛い?」
そんな彼女の優しい声色を聞いて、女の子は泣き出してしまった。
が、彼女は取り乱すこと無く片手で手を握ったまま、女の子の頭を撫でる。
「痛かったね。大丈夫、大丈夫だよ」
そう言った時、後ろから勢いよく女の子のお母さんが走ってくる。
「すみません!ちょっと目を離しちゃってて…〇〇大丈夫?ちゃんと見てなくてごめんね………」
お母さんを見て女の子は安心したようで、お母さんの方にぎゅっと抱きつく。
「あなたも…すみません。ご迷惑おかけしました」
そう深深と頭を下げると彼女は
「大丈夫です。私に謝る必要は無いですよ。全然気にしてませんし」
と言う。
例えるなら、今吹いている暖かな春の風のような。そんな風に微笑む彼女にカラ松はまたしても心を掴まれる。彼女は帰っていく女の子とお母さんに手を振ってから、ベンチの方へと向かっていく。カラ松も少し遅れて歩き出す。
日陰になってるベンチはひんやりとしていて気持ち良い。
二人が座ると、最初に口を開いたのは彼女の方だった
「…それで、何ですか?」
「ああ…」
いつもスラスラと痛い言葉を吐いているカラ松だが、今日は少し落ち着きが無く顔を真っ赤にしている。
こんな表情で出てくる言葉なんて、周囲の人ですら察せるだろう。
「俺っ、あなたに一目惚れしたんです。付き合ってください!」
「ごめんなさい」
見事な即振りであった。まあ、そりゃそうだろう。
ストーカー紛いの人と付き合う程、彼女はカラ松に好意的な興味が無い。
カラ松は涙でキュッとなっている喉で、声が震えたまま、もう一度口を開く。
「…っじゃあ!名前!名前だけでも、教えてくれないか?」
今にも泣き出しそうな声でカラ松が言う。彼女は、微笑んでるとも、真顔とも言えない。暖かくも冷たくもない、そんな表情で
「かえで。風木かえで です。」
そう言い残した後、直ぐにベンチから立ちあの日会った時のように淡々と去っていった。
そんなかえでの後ろ姿を見て、カラ松は決意する。
明日も、かえでさんに告白しよう。と_________
これでもう来ることは無いでしょ。
という安易な考えなかえでは、カラ松に落ちてしまう日が来る事を知らない。