外の世界ここは極寒地帯。
常に雪は降り注ぎ、溶ける事は無い。森には食糧となるアイスベアーのみ生息し、外にはアイスエルフが領土を占有している。
アイスエルフの中に一人、仕切る者が居た。一族の中で最も強く、右に出る者は居ない。名はバルカ、そしてその隣に立つ男は、一番弱いアイスエルフは―――――。
極寒地帯で育ったというのにも関わらず、バルカは力は圧倒的に強かったが、寒さには弱かった。
特に吹雪く日にはお腹を壊す事が多く、温める為に普通のアイスエルフより小さい弱い男を腹に巻きつけていた。
『い、いつまでこうしたらいいんだ…』
『俺がいいと言うまでだ』
名はシュン。
一族の中で最も弱く、アイスベアーすら狩れない程に弱い。バルカは一度捨て駒にでもしようと考えていた時期もあったが、いつの間にか懐に入れておりこうやってお腹を温める役割を与えている。
『なあってば、いつまで…』
『静かに温めろ』
『……はぁ』
シュンは諦め、上げていた顔を下げて瞼を閉じる。
結局吹雪きは止まず、丸一日巻き付いていたシュンは、次の日にはバルカが寝ている間に離れて体を伸ばした。
『うー……体が……』
ぽきっと身体を伸ばすと骨が鳴る。軽く運動しようかと周りを歩いていると、何やら人影の様なものが見えた。
(あれは………)
一番前には鎧を纏った男、後ろには複数人の軽装した人間が歩いており、この極寒地帯では耐えられ無さそうな服装だった。
(あれが、ニンゲン……?)
人間に気を取られ、木陰から覗き見ていると突然後ろからアイスベアーが吠え、シュンに向かって片手を振り上げる
『ひぃっ!』
急いで木陰から出ていき、人間にいる方へと逃げてしまい途中でしまった…!と気づき後戻りできないまま鎧の男に向かって走る。
「全員態勢を整えろっ!」
シュンよりも後ろのアイスベアーに向かって戦闘態勢を取り始めた人間に感謝しながら、急いで人間達の後ろへと走り、物陰に隠れる。
人間達の連携により一体のアイスベアーは瞬殺され、大きな音と共に倒れる。
物陰から顔を出せば、先ほどの鎧の男がこちらを睨み、大きな足取りでこちらに近づいてきた。
『ひッ』
「おい、お前、モンスターだな?」
ブンブンブンブンと横に頭を振るが「……?お前通じるのか?」と男は驚いた声色で話してきた。
なんの事はシュンにはさっぱり分からず頭をコテンと傾ければ男は片方の眉を上げながら溜息をついた。
「お前、安全な場所はしっているか?」
『………安全な場所…』
一応助けてもらったし、一族の所に連れて行ってもいいとは思ったが、シュンはふとバルカの言葉を思い出す。
―――常に人間を殺せと、頭の中から聞こえてくる
お前には無いのか、シュン。
このまま連れて行けばこの人間は殺されるだろうと、シュンは一族も、アイスベアーも来ない洞穴へと連れて行った。
吹雪きも凌げる事が出来る場所で、きっと人間には快適な場所だろう。
「……まさか本当に案内してくれるとはな」
「モンスターって話通じるんでしたっけ?」
「私は聞いたことありません、けれど……なんだかこの子は信用していい気がします」
『?』
今一聞き取れなかったシュンは、女性に近づき何を言ったのかもう一度聞きたく服を引っ張るが、「なんでもないわよ」と焦りながら服から剥がされた。
(そういえば、食べ物はどうするんだろう)
シュンは人間の行動を見ていると、鞄の中から粗末な食べ物が出てくる。
薄っぺらい何かを食べて、あまりおいしく無さそうに火を囲んでいた。
シュンは洞穴から出て、先ほどのアイスベアーの死体を運ぼうと考えたが、そもそも一族の中で一番弱いアイスエルフ。持てるはずがないと、諦めようとしたが、先ほどの鎧の男の腰にある布を引っ張った。
「おい、引っ張るな」
『あっち、あっちのごはん』
「全然意味が分からん……」
話が通じない事にイライラしはじめたシュンは、今度は思いっきり腕の方を引っ張ると、やっと体を起こしてくれた。
「ついてこいってか?」
コクコクと頷いて、ようやく通じた事に微笑んだシュンに、思わず男はドキリとしたが、それを無視してシュンの後をついていく。
先ほど倒したアイスベアーを指を刺し、引っ張って持って行きたいとジェスチャーすれば、男は溜息をつきながら「……わかった」と引っ張り上げてもらい、洞穴まで持っていく。
「上原くん、それは?」
「さっき倒したアイスベアーだ、コイツが持って行きたいとしつこいからな」
「これで何を…?」
シュンは少しばかり涎を垂らしながら持っていた短剣でアイスベアーを丁寧に捌く。
その肉を上原という男に渡せば嫌そうな顔をされた。
「もしかして、これを焼いて食べろって事かしら」
「うぇ……モンスターの肉…?」
上原は渋々受け取り、その肉をもう少しだけ解体した後、焚火で焼いて食べればその美味しさに上原も他の女性も驚いた。
「なにこれ…美味しい」
「……」
少しばかり悔しそうな顔をする上原にシュンはちらちらと見るが突っ掛ることはしなかった。
お腹もいっぱいになり、人間が寝静まった後、シュンは一度バルカ達の所へと戻った。
『……』
バルカはこちらをちらりと見ただけで何も言わず、いつも通りに腹を温めるための役目として巻き付く。
そうして夜が明け、再びシュンは人間達の様子を見る為に洞穴を覗けば既にそこには居なかった。
雪に残る足跡を辿れば、森の中に続いており、アイスベアーの死体が所々に転がっている。
(俺でも倒せないのに…凄い)
どんどん森が無くなっていき、開けた場所へとたどり着くと、アイスベアーのボスと人間達が戦っていた。
だが圧倒的にアイスベアーの方が強いのか、人間が押され昨日まで生きていた人が赤い血を流して倒れている。
『ぁ………』
シュンは戦いが苦手だ。
知り合ったばかりのアイスエルフが死ぬのを目の前で見た時、向いていないと自覚していた。
特に思入れの無い人間にも何故か同情してしまう。
アイスベアーのボスが上原に対して腕を振り上げた。構えるのが間に合わないのか、体を捻るが盾が追い付いていない。
シュンの体は咄嗟に動きだし、上原の体を外へと押し出す。
「な……っ!」
爪は背中を切り裂かれ、なんとか上原の重傷を避けることが出来た。
「お前…」
「上原くんっ、集中して!」
「クソッ!」
ハンターは残り二人。
ボスを倒せる気がしなかった上原は最後の力を振り絞ってボスに向かって剣を振りかざす。
するとアイスベアーは体勢を崩し、叫び声を上げた。
額に氷の矢が刺さっていたが後ろは振り向かず、ただ倒す事だけを専念した。
「うぉおおおおおおッ」
声は止み、頭が地面へと落ちる。体は遅れて倒れておき、アイスベアーのボスは息絶えた。
爪の傷によって苦しそうな顔をしているシュンに駆け寄り、体を起こす。
「くそっ、今はヒーラーが…!」
「まって、あれは…っ」
赤紫に光る渦巻くゲート、それはブレイクダンジョンを意味していた。
つまりレッドゲードでもブレイクダンジョンをすれば外へと逃げる事が可能になった。
「……っ!」
上原は気づいた。
森の奥に居る複数のアイスエルフの存在。
バルカは見ていた、人間の行動はどのようなものなのか。
絶えず頭の中では人間を殺せと言われ続けるバルカにとってこの今の状態が苦であった。
「………行けという事か…」
「急いで、何故か閉じかけている!」
上原はシュンを抱え、ゲートの外へと潜ると同時にそれは閉じられた。
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