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    lunatic_tigris

    @lunatic_tigris

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    lunatic_tigris

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    ──初恋の終わりと。それから。
    (※最初にちょっとグロいかもしれない描写があります)

    玉の緒よ 絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする
    ─式子内親王

    ##華軍

    林檎の花、君無き空よ 地面を埋め尽くす林檎りんごの花。
     桜に似た形をした白いそれを一輪だけ手に取る。
     未だにはらはらと華を溢れさせている、人だった肉塊が選べ、と言っているようだった。――そう。人が、目の前で死んでいる。ただの人じゃなくて、好きだった人が。赤い血の代わりに白い林檎の花の海に溺れて。
     ――もしも、その視線の先にいるのが自分だったら。自分の言葉で、自分が綺麗だと感じた言葉の羅列で、未だこれといった相手が居ないと話していた彼の契約者としてうたえたらいいな、と思うことはあるけれど、行動を起こすことなんてなくて。
     見ているだけで、夢想するだけで幸福で。綿飴のように、愛でて、触れて、そっと誰にも分からないように口の中で溶かすような――甘い、初恋だった。
     脇目も振らずに足掻いて手を伸ばすような盲目さの足りない、憧憬しょうけいの混ざった淡くて少女めいた夢。そんな朱夏しゅかの記憶に重なるような、妙に現実味のない光景が目の前にある。
     足元近くにあった、瑞々しくも儚げな華を一輪だけ指先にすくう。今結べば、彼を生き返らせることが出来る。彼の契約者になれる。その特権を持っていながら――私は、一度は掬った華を風に乗せることを選んだ。
     その理由は、なんだろうか。
     花一輪程度なら簡単に吹き飛ばせてしまう風が吹く。掬っていた華が手の中から連れていかれる。それを追うこともなく、ただ私はその光景を眺めている。
     地面に落ちていた華も、一緒にぶわりと広がっていく。誰も拾わず、自然に任せて朽ちていくままに、風に乗って。
     ――やけに、空が綺麗な日のことだった。

         *

     何かがおかしい。やけに言葉が紙の上で縺れて絡まっている。
     特定の言葉を入れれば美しく仕上がるはずなのに、それをどうしても選ぶ気になれない。文が仕上がらない。
     気分転換の落書きに、適当な言葉でルーズリーフ一枚を丸々埋めてもその違和感の答えは分からない。
     シャープペンシルの芯が折れて、呼吸が止まる。
     私の言葉は、こうじゃない筈なのに。
    「とばりちゃん?」
     頭を抱えるように、文字と向き合っていれば男にしては随分と甘やかな声が揺れる。それに視線を上げれば、彼の半身と比べれば少し淡い蜂蜜色が視界に揺れる。その目が不安定で陰りのある色を濃くしているのに、この人はまた結んだのかと察する。
    「――万理、先輩」
    「困ってるみたいだし、添削しに来たよ」
     この人は、ちょっとだけ変わっている。
     これは内緒だよ、と囁いているけれど、親しい人は大体知っている程度の秘密。
     音に、色が乗って見えるのだと。
    「とばりちゃんとひばりくんの声ってね、音は似てるけど少しだけ違うんだ。色はね、全く違う。
     ひばりくんは本当にヒバリの羽根みたいな色をしてるんだけどさ、とばりちゃんはね、紅葉の色。秋の色に聞こえるんだ。空とか海とかの青色じゃなくて、青に映える色なの。それに、雑音ノイズも少ない。凄いよね、二人とも」
     それの何処が凄いのかは、同じ視界を持たないとばりには分からない。羨ましい、と口にしたことはあるけれど、ろくなものじゃないよ、と返されたのは耳に新しい。常に色鮮やかな視界というのは、案外不便だ、とも。
     ――川のせせらぎは蒼。蛇口の水は白灰のような透明。木の葉の擦れる音は黄色を帯びた若草色。バイオリンの響きは蕩けるような深紅。そういう風に、彼の世界には色が溢れている。人の声も、それぞれ別々の色合いを持っているのだと、彼は言う。
     だからこそ、風海万理の詩は色彩に溢れている。音に全ての色を乗せて、愛おしい人がより映えるように添える。
     その後にどうなるか分かっていても。結末を分かっているからこそ、いろどらずには居られない。
     そういう人だ。
     見目はともかく、一見反対に見える風海森羅のことはよく分からないけれど、「僕と似ているよ」という言葉をとりあえずは信じている。
     滅茶苦茶な言葉の羅列が書かれた落書きを、万理はじっと眺めていた。
    「――ちょっと、読み上げてもらっていいかな。最初から最後まで」
     その言葉に従って、淡々とシャープペンシルの線に音を乗せていく。万理はじっと目を閉じて聞いていたけれど、最後の一音が終わると同時に目を開けてこう言った。
    「本当に色が滅茶苦茶になってるね。一貫してない、纏まってない。色が繋がってない。……今、もしかしてそんな感じ?」
     一つ頷く。
     繋がりがない。纏まりがない。その為の、何かが存在しない。ビーズに通っていたはずの天蚕テグス糸が切れてしまったみたいに、あったはずの芯が喪われている。
    「そっかあ。……そればっかりは僕にもどうしようもないなあ」
     そう言って彼は目を伏せる。
    「……うたを詠めば、何か分かるでしょうか」
    「どうだろう。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。……僕としては、逆に焦りそうで怖いんだけど。でも、そうしないと多分解決しないんだろうなと思うよ」
     ――深い悲しみを。底に溜まっていく痛みを。
     形にして、言葉にして、送っていく。
     そうと芯を仮に決めることが出来たなら、言葉は容易く形を生した。
     先人の言葉を借りて、最後の空白にこう記す。

    「玉の緒よ 絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする」

     ――そうやって、喉が潰れそうなくらいには。
     
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