失楽 青い、青い空は嫌になるくらいに綺麗で、緑の枝葉は地べたに仰向けで寝そべる自分と空を檻のように隔てている。
土の湿った匂いと、地面を這い蠢く小虫の感触にも今は心を動かすこともない。
軽く吐き出される吐息のような声と一緒に、朱花は鮮やかな血色の目を遠くへと向けていた。それはまるで、失った夢に縋り付くように。
思い出すのはつい数日前のこと。
久々に面会に行った「パパ」の言葉を反芻する。
――ち、ちゃんと、朱花は、独りで、も生きるんだぞ。
途切れ途切れで、吃りながらでも届いていたその言葉に、初めて嘘を吐いた。守りたいけれど、守れるなんて言いきれなかったから。
いい子の顔で、わかったよ、なんて。
どうして一緒につれてってくれないの。どうして置いてこうとするの。ねえ、パパ。いやだよ。
――パパがいないと、こんなに痛くて苦しいのに。
乾いた目玉と、心の奥と。
その意味は、理解しないように目と耳を塞いで逃げ続けてきた朱花には分からない。そんな時に何と主張すればいいのかも。そして、流れるものがどういうもので、それを表すための言葉も。
それでも生きているなら、何時か現実と向き合うべき時間が来るのは道理だろう。盲愛と共に幻想が剥がれ落ちて、盲目ではなくなった目に、そこにあるものがなんだったのかを映させられる瞬間が。
だというのに、捕まるその瞬間まで、まだ彼女は逃げ続ける。痛みと苦しみが口を開けて、その時を今か今かと楽しげに待っているのだと理解している十六歳の朱花と、そんなのは嫌だと夢想に縋りながら駄々を捏ねて叫び続ける六歳の子供。
乞うように手を伸ばして、その四文字を声に出して伝えることができたなら。
もしかしたら救ってくれる誰かはいるかもしれないのに。
視線を緩やかに青い空から逸らして、朱花は呟く。
「みんな壊れちゃえばいいのになぁ」
何時もの幼さを失った声は、酷く伽藍堂で。
みんなが壊れていれば、みんな正しい。
赤い頭巾の娘は、猟師に助けられるよりオオカミに食べられてしまったままの方が幸せだっただろうか。
もう見れないと分かっている夢を見続けなければ何時もの「朱花」には戻れない。伊里祇なんて苗字はいらない。ただの朱花でいたかった。「パパ」さえいれば、それだけで十分に幸せなのに。
本心も、吐いた嘘も、酷く恋しい赤色への欲もここに置いていかないと。――だってそうしないと、どうしていいのか分からなくなってしまいそうだから。