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    lunatic_tigris

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    lunatic_tigris

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    魚姫の選択:払わない

    夢を見ているみたいだ、と明けない夜に笑っている。
    ――奇跡というのは、二度は起きないもの。

    可惜夜(あたらよ):明けてしまうのが惜しい夜。
    お借りしたキャラクター:花牟礼さん(紅茶水さん/@ASGX_7135

    ##機密隊高月

    可惜夜の奇跡を 明けない夜の中、鳴り響いた端末に表示された二択のアンケートを、一瞬だけ躊躇しながら押した。鳥居から出ている腕は止まっていた。答えが出るのを待っている、のか。随分静かだ、と他人事のように思う時間にすれば五分程度の時が過ぎて通知されたアンケートの終了と同時に、ばきりと音を立てながら細い骨の通ったヒレが開く。耳、腕、足。
     変形して、枝分かれして。脚も、喉も、何かが刺さっているみたいに酷く痛くて――乾く。鰭の間にある薄い皮も乾涸ひからび始めて、表面が突っ張るような感覚がある。
     このくらい耐えられる、なんて強がりも無理だった。疲れて、もう動きたくなくて。でも、動かなかったら自分を含め誰かが死ぬかもしれなくて。
     少しだけ朦朧とする意識に、心地よく冷えた水がまとわりつく。泣きたくなるくらいに懐かしい感情のまま、吐息が浮かぶ水中越しに、視線が合った。
     私の為ではなく、目の前の問題を片付けるためでも。
     ――そうだとしても、ひどく嬉しかった。自分はもしかしたら、もう一度この水中で泳ぎたかっただけなのかもしれない。咽び過ぎて、置き去りにされてしまっただけで。
    「……ありがとう」
     花牟礼はなむれさんの表情から読み取れるものは乏しいけれど、自分の方は久しぶりに心の底から笑みを浮かべた気がした。――それがどんなに、読み取りにくい、微かなものであったとしても。それでも、こんな状況でも嬉しかったのだと。
     腕は、鳥居を守ろうとするような動きを見せている。――それが弱点、なのだとして。
    「――どうする」
     疲弊していながらも戦い続けるのか、今を引き際とするのか。
     その選択を、自分でするのではなく彼に委ねた。
    「どうせ、生きていても意味がないんでしょう」
     花牟礼さんから返ってきたのは、そんな言葉。
     ――この先は、多分もう生きるのは難しい。意味を無くすよりも先に、きっと自分の体がもたなくなる。溜まった穢れの浄化はできない。水から離れて生きるのは難しい。
     そして何より、もう独りは嫌だから。
    「二回生かしたなら、三回目も簡単にできるでしょう。今なら、簡単に」
     真似していた敬語は、今ではすっかり口に馴染んでいた。――選択を握らせるのが、正直に言えば心地いい。自分の命を、その手の中に預けることが、とても。
    「ええ、責任を取らなくていいのなら簡単に出来ますとも」
    「――選んだ・・・責任は取ってくれないんだ」
     少しだけ泣きそうになったのを、浮いている水の中に溶かし込むことで誤魔化す。
    「あはは、そんな誠実な男に見えていたのなら何よりです」
     そんな言葉に、薄らとした笑いで返す。
     誠実なようで不誠実、かと思いきや変なところで誠実で。形を確かめようと触れれば形を変えて、縋って掴もうとすればすり抜ける水面のようで。少なくとも、私にとって花牟礼虚吼きょこうという人間はそういう男だった。
     ――でも、こうやって戦えることがどうしようもなく幸せで。
     だけどこれは、きっと夜が明ければ終わってしまう。
     こんな奇跡は二回もないのだから。そもそもが、奇跡はもう起きていたのだから。出来れば夜が明ける前に幸せな夢を見たまま死んでしまいたい。
     悲しいことばかりで、辛いことばっかりだったけど。諦めからくる感情だとしても、それでもなお自分の人生に意味はあったと心の中では笑えている。
     ――幸せだと言えることも、確かにあったのだから。
     例えば、初めて誰かの隣を歩いたことだとか。
     言葉で伝えるのが酷く恐ろしくて仕方なかったあの頃に、人として好意を抱いてはいたと、もっと早くに言っておけばよかったとまた一つ悔いを積む。
     悔いも、未練も沢山ある。
     だからこそ、今までを鑑みれば、死ぬかもしれないところでこう思えるのは良い人生だったと言えるんじゃなかろうか。
     覆水は盆に返らないし、出来てしまった傷も元には戻らないし治らない。
     けれど、それでも。伽藍の中身は満たされた。
     ゆるりと振り返って、今の心を余すところなく形に直す。最後になるかもしれないから、そうやって。
    「あなたに出会えてよかった、と思う」
     きっとその時、初めてその言葉を口にした。
     
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