呪いのガーネット。情愛のもつれの末、当事者の恋人だけでなく村一つを火の海に沈めた女が身に付けていたという曰く付きの逸品だ。
血のように赤く、光に翳すと宝石の中で光が屈折、反射を繰り返し村を飲み込んだ炎のような揺らぎが見られる。美しいことこの上ない。
仕入れたての、ショーケースに納められたそれを眺めながら俺はうっとりと目を細める。
呪物コレクターなんて聞くと覚えが悪いが、これは人間の本能だ。踏み入ってはならない場所、読んではならない本、開けてはいけない箱、ヒトは禁じられているものにこそ惹かれる。
趣味と実益を兼ねた店が細々ながらも続いているのがその証明だ。
その男が現れたのは、嵐の夜だった。
外は豪雨だというのに男は雫の一つも滴ってはいなくて、突然、魔法みたいにカウンターの前に立っていた。そして一目で分かった。こいつは同類だと。
「ゆっくり見てってくれ」
そう声を掛けながら再び新聞に意識を落とす。呪物コレクターってのはえてして変わっている奴が多い。そして共通しているのは、お喋りが嫌いだということだ。
しかし男は微動だにしない。カウンター越しに俺を見つめるばかり。不気味な奴だ。細く息を吐き出して一瞥した瞬間、俺は弾かれたように椅子から腰を上げた。
「アンタッ! それ! 本物かい!?」
興奮のあまり伸ばしかけた手を男に静止される。
「本物だよ、全部。所持したら死ぬと言われてる真珠、呪われた聖杯、悪魔の末裔と言われてた部族の最後の一人の干し首「ちょっ、ちょっと待てよ!」
男は俺を落ち着かせるように、静かに語る。よく見るとリュックサックにジャラジャラと、乱雑に、いろいろなモノををぶら下げていた。
「俺もこの道ウン十年やってるから分かる、アンタが持ってるそれらは全部、多分……ホンモノだ」
マニア向けの本で見たことがある。そうでなくても、こいつの持ち物から漂ってくる、ドス黒い魚の内臓が腐ったような魔力炎で分かった。
「サリビアの真珠」「奈落の器」「災首グルマ」どれもこれも、とんでもない呪いを秘めた一級品だ。
「あ、あんた、平気なのかい?」
「じゃなかったらここに立ってない」
「それで、ウチへは何しに? 換金にでも来たかい?」
「いや、死を振り撒く呪物を集めてる。オリトのガーネットがここにあるって聞いた」
「あるっちゃ、あるが……」
ショーケースに収まるガーネットを一瞥する。売るために仕入れたとはいえ、俺だってマニアの一人だ。手に入れたばかりのお宝を手放すにはあまりにも、早い。
「アンタ、なんのためにこんなもんを?」
マニアやコレクターとは言い難い異様な雰囲気に、思わずそんなことを聞いてしまった。
「死ぬために」
そう言った男の眼窩には、底が見えない、暗い闇がぽっかりと空いていた。
「……お代はいい、受け取って、さっさと消えてくれ」
「助かる」
「待ってな、鑑定書は奥に……」
「いや、いらない」
「…………」
ベルベットの巾着袋にガーネットを入れて男の手に渡した折、指先が触れ合い、俺は感じたことのない悪寒に襲われる。呪いよりもっと強い、吐き気を催す、けれどそれにどこか安らぎを覚えてしまいそうな、なんとも言えない感覚。
その瞬間に本能で察した。
嗚呼、コイツはまだ死ねそうにないなと。