「貴方は、己の罪を憎み、悔い改めますか?」
差し出された手をじっと見つめたまま、タケは動けずにいた。ロザリオを掲げる神父から祝詞を浴びながら水に浸かることであらゆる罪を洗い流す。
(水に浸かって産まれ変わる? 冗談じゃねぇ)
そう思いながらも、縋らずにはいられなかった。神によって今の人生があるのならば、神にしか縋るしか方法が無いと。小さく、それでも確かに頷くと神父の手がタケの頭を掴み、ゆっくりと水の中へと沈める。世界が遠くなる水の中で、タケは目を瞑り、自らの肺から吐き出される空気の音だけを聞いていた。
タケ・プラムパインは死んだ。
全ての罪と負債を背負って。
◇
「ミゲル、戸を閉めてきて。今夜は嵐が来るそうだから」
「はいよ、シスター」
新しい名前、新しい立場、新しい人生はまるで洗濯をかけられたばかりのシーツように気持ちが良かった。かつての全てを忘れ、切り捨てることに抱いた罪悪感も後悔も今となっては薄れた。孤独と苦悶に喘ぐ夜をもう二度と、思い出したくは無かった。
カンテラを片手に礼拝堂の戸を閉じてゆく。分厚く真っ黒な雲からはまるで弾丸のように雨が降りしきる。嫌な天気だ、とミゲルは眉を顰めた。瞬間、世界が真っ白に染まり、耳を劈く轟音が響く。
「誰かッ!!」
裏手からあがる悲鳴にも似た叫び声にタケは駆け出した。早まる鼓動で熱くなる心臓と引き換えに全身が悪寒でくるまれる。
傘もささず、外套も着ずに表に出ると神父とシスターが庭の隅に集まっていた。ミゲルの姿を見ると、静かに、まるで波が引いてゆくように道を開ける。雷が落ち、黒く焦げた地面と、砕け辺りに散らばる石にミゲルはごくりと、唾を飲み込む。それは、洗礼を受けた際に建てられた、タケ・プラムパインの為の墓だった。
雷を受け跡形も無くなった墓石の前で立ち尽くすシスターが恐る恐る振り向き、ミゲル、否、タケ・プラムパインを見て引き攣った悲鳴をあげる。その顔は信仰と畏怖が溶け合い真っ青だった。
タケ・プラムパインの死の否定。或いは、死如きで罪から逃げられると思うな、そんな啓示に思えて仕方が無かった。
その夜、教会からは牧師見習いが一人消えたと云う。