「別れた」
半分の口からそんな報告を受けたのは二件目に入ってすぐだった。程よく酔いも回り酒の肴に『最近ソーニャちゃんとはどうなんだよ』なんて聞こうと思っていたが聞かなくて良かった。
「今回は少し長かったなぁ。二ヶ月か?」
「三ヶ月半だよ」
細かい訂正を受けて俺はそうだったか?と目線を上にあげて思い出す。確か、エンディがナンパして連れてきた女のツレだよな?入れ替わりスパンが早くていろいろごっちゃになってるが、他の女と間違えるとめんどくせぇから何も言わないでおく。
「俺のこと……一生好きでいるって言ってたのに……」
「それで、今度は何て?」
「いつものだよ」
「凝りねぇなぁ~お前も……」
「ソーニャのことも大事にしてたんだぜぇ、俺なりに……」
ズズズ、と酒を啜りながらぼやく。いつものといえば『グレンダ絡み』だろう。
「はんぶん~、あのなぁ、お前そうやってすぐ入れ込むの悪い癖だからやめろって言ったよなぁ?たった三ヶ月付き合った女に振られて、凹んでんじゃねぇよ」
手の甲でぺちぺちと頬をはたくと鬱陶しそうに払いのけられる。惚れ込んで拝み倒してようやっと手に入れた女って訳でもねえのに、しっかり入れ込んで破局したら悲しむって、訳が分からねぇ。
「お前と違って、遊びで付き合うとかしねぇんだよ、俺は……」
「グレンダ優先して彼女不安にさせて振られた男が言うねぇ」
「仕事は別だろーがぁ……」
いつもはあんなにでっかく頼りがいのある背中が失恋一つでこんなにしょぼくれて小さくなってるのは正直笑える。こんなに繊細な癖に『私のこと好きじゃなくてもいいから付き合って』なんて言われたらホイホイ付き合うのは悪癖すぎる。野郎を仲間に引き入れるのとは話が違うだろうに、この鈍感男にはそれが分からないらしい。
「あのな、ハッキリ言う、お前は女の扱い方が下手だ、てんでなっちゃいない」
「扱うって……お前なぁ」
「女をモノ扱いしてるとかそういう話じゃねぇよ。あるだろうが、モンスターでも仕事でも駆け引きとか、そういうのがとにかく下手くそなんだよ。女っつー生き物のことがなんにも分かってねぇ」
「………」
「あいつら相手に正論とか合理的とか、そういう考えで挑んだら駄目なんだよ。おやじぃ、ハイボール一つ」
分かってるのか分かってねぇのか、枝豆をぷちぷちと剥きながら聞く半分。酒のせいか講釈を垂れるのが少し気持ちよくなってきた俺は構わず持論を展開する。
「でもグレンダはよぉ「だ~っ!! だからグレンダを基準にすんなって! 普通の女に『言わなくても分かるだろ』は通用しねぇんだよ!」
ダン、と勢いよくグラスを置くと少しばかり周りからの視線が注がれる。こいつ、俺が耳タコになるくらいしてる忠告を全く聞いてねぇ。まあそれだけグレンダって存在がでけぇんだろうな……。
「つーか、もっと堂々としろよ。別に悪ぃことしてる訳じゃないんだろ? ペコペコするから舐められるんだよ」
「でもよぉ」
「でももクソもねぇって。あっちがお前に惚れてんだろ? ならお前が手綱握ってたまに優しくしてやるくらいがちょうどいいんだよ。どうせグレンダのこと詰められても『ごめんなぁ』だの『悪い』だの頭下げてんだろうが? だから調子にのるんだよ」
半分のモノマネを織り交ぜつつ茶化してやるが今は反論する元気もないらしい。好きでもなくていいから付き合って、なんて言って寄ってくる女がマトモな訳ねぇんだから飯炊き女かオナホくらいに思ってやればいいのに。俺は頬杖をつきながらため息をつく。ぐるりと辺りを見渡すとあたりは冒険者だらけだ。この中の誰も半分には力でも冷酷さでも叶わないだろう、そんな男だというのに、なんなんだこの冒険者らしからぬ恋愛観は。舐められるのをとことん嫌う癖に女には甘すぎる。
「つまりな、「見つけたっっっ!!」
女の躾け方について教えてやろうとした矢先、突然後ろから襟首を引っ張られて俺は後は椅子ごと後ろにひっくり返る。
「って~~なぁ!? 何すんだテメ………ゲッ、サラァ?」
どこの酔っぱらいが喧嘩を売ってきたのかと思い、凄もうとするがそこにいたのは紛れもない、俺の女だった。
「コージくんのバカ! 何が『エマは妹みたいなもんだから』よ!? しっかりヤッてんじゃん! キモイんだよ!」
「ばっっっ!! 声がでけぇ! つうか何!? んなこと言いにわざわざ来たのかよ……!?」
「そんなことっ!? あんま舐めんなよ! カス男! 死ね!」
『なんだなんだぁ?』『修羅場か~?ねぇちゃんやっちまえ~!』と野次馬が集まってくるわ、隠し事がバレていたやらでたじろぐ。クソが、あのアマ秘密だって言っただろうが……そんなことより今は目の前のサラを宥めようとするべきなんだろうが、つい本音がまろび出てしまった。地面に転がる俺にまたがり盛大なビンタが一つ。それで満足したらしいサラは『二度とツラ見せるな』と捨て台詞を残し去っていった。
嵐のような女の襲来を受けて少し呆然とした後、立ち上がって野次馬を散らして席につき直す。冒険者御用達のこの店で騒ぎなんてのは日常茶飯でむさ苦しい男たちはすぐ各々の輪に戻っていく。そして何事もなかったかのように熱燗をちびちびと舐めている半分に言いかけていた結論を続けてやる。
「つまりな、女なんてくだらねぇって、そういう事だよ」
「おー……次は女の子がいる店いくか……?」
「いかねぇよ!」
半分を慰めていた筈が傷の舐めあいにシフトしそうになりついデカイ声が出た。