「グレンダさんと私が死にかけてたらさぁ、どっちを助ける?」
意地の悪い問いに半分は眉を顰めた。元より強面の顔がより凄みを増す。
「好奇心で聞いてんならすぐ取り下げろ」
低く唸るような声。『仕事と私どっちが大事』などという恋人の可愛らしい、よくある質問とは重みが違う。グレンダと死という言葉を並べることすら、半分にとってはとてつもない侮辱に感じた。
「真面目に聞いてるの」
無意識のうち溢れ出す殺気にも臆せず🌱は頬杖をつき半分の顔を覗き込む。言葉通りその瞳は澄み、真剣さを帯びていてる。これが心より愛しい恋人からの問いではなかったら、質問者の身体はとっくに空気に圧縮され小さな肉塊となっていただろう。
そして半分は考えた。万が一、億が一にでもそんな場面にはさせるつもりはないがもしその選択を迫られた時のことを。
半分にとってグレンダは世界であり、命であり、一番長い物差しだった。グレンダが全ての基準となり、グレンダの意思に沿って線を引く。それと等しく🌱も大切な存在なのは相違ない。
「グレンダ」
「………」
「お前のことは好きだ。不自由させるつもりはねぇし、何に代えても守ってやる。でもグレンダだけは別だ。俺はそういう風に出来てる」
おためごかしの為に🌱だと答えることは出来ただろう。しかし半分という男はそれを許さない。答えを聞いても平然としたまま、緩やかな笑みを浮かべた🌱は一時も半分から目を逸らさずにゆっくりと口を開く。
「私の婚約者ね、冒険者だったの、グレンダさんに殺されるまでは」
暫しの静寂。
半分はそっと手を伸ばし愛し気に🌱の頬を指の背でなぞる。
「冒険者やってたなら、お前の男もそれなりに覚悟は持ってた筈だろぉ。分からねぇが、事情でも聞いて、納得できればグレンダに頭も下げさせる。それで全部忘れろ」
それは半分にとって最大の譲歩だった。グレンダの首元に刃を伸ばしかねない存在が目の前にいる、本来であれば有無を言わさずに殺していた筈だ。湧き上がりそうになる動揺に蓋をし、どうか頷いてくれと祈る。
「冒険者っていっつもそう、こっちに押し付けてばっかりで」
「殺させないでくれよ、俺に、お前を」
「ふうん……殺したくないって思ってくれてるんだ、意外」
グレンダへの恨みを吐露した時点で🌱には死ぬ覚悟があった。冒険者として、グレンダの番犬として、半グレの頭として時たま覗かせる苛烈な暴を浴びる覚悟が。
🌱の冷め切った声と皮肉めいた言葉に半分はくしゃりと顔を歪ませた。
「……分かるだろ、本気で惚れてんだよ、お前に」
「知ってる」
頬をなぞる指に🌱はそっと己の手を重ねて、優しくなぞる。
「でも、殺せるんでしょう? グレンダさんのためだったら」
まるで子守唄でも紡ぐような、穏やかな声だった。
「………」
返事はない。言葉にしたくないのか、するまでもないのか、🌱には分からない。
「ずっとあの女を殺すために生きてきたの、血だまりに沈むあの人の亡骸の冷たさを、段々弱くなっていくか細い呼吸を、忘れたことなかった」
「これ以上喋るな」
「あんたのことも、ぶっ殺してやりたいと思ってたっ! ずっと! あの女が半分の死体に縋り付いて泣き叫んで、後悔して……同じ思いをさせないと気が済まない!」
「…………」
怒気を含む半分の声を無視して、憎悪を、怨嗟を吐き出す🌱の首を半分はわしずかんだ。
「は……ははっ! ほらね! あんたもあの女と同じ! 眉一つ動かさないで恋人を殺せる! 化け物よ!」
🌱は苦し気に、それ以上に嬉しそうに口元を歪めながら笑う。半分の腕に浮かぶ血管が込められた力の強さを物語っている。
「呪われろ!! あの女共々!」
地獄の底から響くような、おぞましい声だった。かつて麗らかな春の小風のような愛らしい声で半分の名を呼んでいた女の面影はなく、血走った目で睨みつけながら、半分とグレンダに呪いあれと唱えながら🌱は息絶えた。
かつての恋人だった亡骸を優しく抱きながら、半分はそれでも涙一つ流さなかった。