「あの世、ねぇ……」
「無神論者の私とお前がなんて、笑えるな」
感動の再開の割にはカラッと笑うグレンダに俺もつられて口許がゆるむ。
「それで、何がどうなってる?」
「知らねぇよぉ……アンタの方が先にここに来てんだ「違う! お前のことだ! 早すぎるだろう、あまりにも! 来るのが!」
胸を指先でつつきながら追い立ててくるので、つい、後ずさってしまう。
「ずっと、あんたを探してた……」
グレンダの手を握る。
「会いたかった……」
しまい込んでいた感情が溢れ出た。
「……悪かったな」
困ったように息をつき、少し躊躇った後にグレンダは抱きしめてくれた。死んでても、温もりは、匂いは、柔らかさは変わらなかった。
「まぁ……死んだものはしょうがない。聞かせてくれ、何があったか。幸い時間はたっぷりありそうだ」
◇
どこまで続くのか分からねぇ真っ白な空間。俺とグレンダ以外には誰も居らず気配もない。そこには、二人で住んでいた家がぽつんと建っていた。
「入っていいのかよ」
「私達の家だ、構うな構うな」
そうだけどそうじゃねぇだろ。警戒もなしにズカズカと家に上がり込むグレンダの後に続く。
「しかしそのまんまだな」
「あの世だからな、まあそういうこともあるだろ」
どこを見渡してもそこは我が家にしか見えなかった。置いてある家具も、匂いも、俺がガキの頃につけた小さな傷さえある。
「なんだか、随分と懐かしく感じるな……」
興味本位でぐるりと家の中を一周して戻ってくると、リビングテーブルの天板をなぞりながらグレンダが小さく呟いた。
「センチなのは嫌なんだろ、飲もうぜ」
「順応が早いなお前は」
納戸から引っ張り出して来たワインを見せると、グレンダはふっと笑ってくれた。
「無茶苦茶やったな」
酒の肴にとせっつかれるのでグレンダが死んでしまってからの事を余すことなく話したらこうだ。
「お前、お前なぁ~、なんで王獣を……私なんかのために……」
ワインボトルを抱きながら頭を抱えているので、腕からボトルを抜き取って直接口をつけて中味を飲み干す。
「なんで冒険者を続けなかった」
「アンタのいないあそこに価値はねぇ」
キッと睨み付けながら聞かれるが、答えるまでもないだろ。
「あのなぁ! 私はもう死んでたんだ!」
「それでもだ!!」
沈黙が流れる。
「だってそうだろう……私に縛られて、お前は……私が死なせたようなもんだ……」
「本望だよ」
「ふざけるな」
きっと本気で悔いているんだろう。俺の命に感情が揺さぶられているのを見て、嬉しいなんて思う俺はイカれているんだろうか。
「俺がどんだけアンタのことを好きだったか」
「分かってる、でも命を使うほどのことじゃ「知らないだろ」
「知ってるよ、お前のことならなんでも知ってるだろ」
「いいや、あんたはなんも、分かっちゃいない」
苛立つようにテーブルを指で叩くグレンダの腕を掴み凄む。
「なんだ……遅れてきた反抗期か? お前が何歳までおねしょしてたかも、実は今も玉ねぎは刻んでないと苦手なことも、ガキだった頃私に叱られると隠れてクッキーの寝床で泣いてたことも、全部知ってる」
「俺があんたとずっとヤりてぇと思ってたこともか?」
「…………はっ、はぁ!?」
数秒フリーズしたあと、数センチは飛び上がったんじゃないだろうか。
「ほらな」
「おまえっ! ば、ばかなことを……なんっ……はあぁ!?」
今度は青ざめたあとに赤くなる。おもしれえ。
「俺はな、ず~~~っと、女として好きだったんだよ、グレンダあんたのことが」
「いい加減にしろ、お前、それ以上言うとタダじゃおかないからな」
腕を振り払おうとするが、魔法の使えないここでは純粋な筋力がものをいう。グレンダの頬が赤くてしょうがないのは酒のせいだけじゃないだろう。
「いいね、昔みたくケツでも叩くか? そうやってアンタが俺をガキとしてしか見てねぇのがずっとムカついてたんだよ、部屋ん中を半裸で出歩いたり布団中に潜り込んで来たり、俺がどんだけ我慢してたか分かってんのか?」
「やめろっ!!」
「い~~や、やめないねぇ、どうせ死んだんだ、ため込んでたもん全部聞いてもらうからなぁ!」
段々と楽しくなって来た俺はグレンダを強引に胸の中に留めながら新しくワインの栓を開けた。