「今日は城下に行かないか」
優雅な朝、机で葉巻の頭をシガーカッターで切り落としながら殿下はどこか楽しげな声でそんなことを言う。
「どこへ?」
「買い物だ。なんでも買ってやろう」
ベッドの上で伸びをしながら問うと、ただの遊び女には勿体無い返答が返ってきたが私の内心は複雑だった。城下。つまり、寝室にとどまっていた私達の関係が外に出るということになる。
「い、いや、大丈夫です」
「……なんだ、嫌そうだな?」
淀みのある答えにむ、と声を低くするので対応をミスったと、内心で頭を抱える。
「…………」
理由を述べろと言わんばかりにこちらを無言で睨みつけてくる殿下に、私はどうしたものかと考える。
「殿下、こちらへ」
手招きをすると、火をつけたばかりの葉巻を置いてベッドに腰掛けるので私は覚悟を決めた。
「今から大変不敬なことを申し上げます 」
「なんだ今更」
そりゃ、裸どころか尻の穴まで見せあっている仲なので今更不敬も何もないだろうが。
「殿下の私服が……その……だ、ださい、ので……隣を歩きたくないです……」
私はまごつきながら、それでも、はっきりと常日頃思っていたことを言葉にする。
ファッションとは基本的に引き算だ。シンプルな着こなしをすれば大きく外れることはない。そりゃ、殿下ほどのスタイルと顔ならば並大抵の服は、奇抜でも派手でも着こなせるだろう。問題は殿下の着る物が並大抵ではないことだ。
「…………?」
私の言葉が飲み込めないのか目を瞬かせ、緩く首を傾げている。
「今、ダサいと? 俺に?」
「はい……」
そして、確認と言わんばかりに、単語を区切りながら、明朗に、再度問われるので私は神妙な面持ちで頷く。
殿下は無言でクローゼットへと向かい、掛かっていた服を己の身体にあてがい披露してしてきた。
「どうだ」
白と緑の大きな縦のストライプ。
「ひっっっっっじょ~~にダサいです……」
「これは」
ギラギラとした、ゴールドのスパンコールが散りばめられたトレーナー。
「紛うことなき」
「まさかこれもか?」
総柄の星。
「ダサいって言ってんでしょ!!」
あまりのダサさに耐えられず、つい、絶叫しながら殿下の手の中にある服を跳ね除けてしまった。
(あ、これ、死んだかも)
不敬どころか大不敬をしたと後悔してももう浅い。私の犠牲で殿下のファッションセンスが少しでも矯正されるならば、それでいいのかもしれない。
「…………」
私の覚悟とは裏腹に、殿下は無言のまま総柄星Tと着ていた蛍光イエローのシャツを脱ぎ捨て、地面に叩きつけて布団に潜り込んでしまった。
「殿下」
ぽすぽすと叩きながら呼びかけるが返事はない。
「ズボンも脱いだ方がよろしいかと」
毒沼のような色をしたズボンのことを思い浮かべながら続けると、膨らんだ布団が動き、ぺっ、と毒沼ダサズボンが吐き出された。